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自治と民際学をめぐるシンポ開催

シンポジウム〈琉球と東アジア文化圏をつなぐもの -「自治」と民際学〉が5日沖縄大学で開催された。民と民との直接的な関係性を重んじる民際学により、琉球と東アジアがつながり、沖縄の現在の閉塞状況を打破しようというのがその趣旨。

片山善博総務大臣は「沖縄と自治」と題した基調講演のなかで、「日本の地方自治を変えようとするとき、沖縄の現状がヒントになる」と述べ、かつての琉球政府のように立法機関のある地方行政、「議論する議会」に変えていくことの重要性を指摘した。

さらに、「政府による道州制の議論は市町村合併の疲れから滞っている」と政府の現状に触れ、「ソフトタッチの改革」をやろうとしているが、それに応じているのが九州、関西広域連合であり、沖縄県の場合、国の出先機関の廃止は一つの県のみなのでスムーズに移管されるだろうとし、沖縄綜合事務局の廃止・県への統合を勧める発言をした。

全体討論では4人のパネリストが意見を述べた。龍谷大学経済学部教授の松島泰勝氏は、沖縄差別の源流は琉球処分にあると指摘し、「頭と体が分離した状態」の沖縄において、思考を変えていくのが一人一人の民であるとし、琉球の人々は「本当に日本人かを問う必要がある」と訴えた。

作家の大城立裕氏は、進行役の仲地博氏からの「沖縄は同化志向を脱けきれることができるのか?」という問いに対し、「民族自決できるのならそうしたいのが大方の沖縄の意見だろうが、実際やろうとすれば政府に押しつぶされるだろう」と複雑な沖縄人の心情を代弁した。

作家の佐藤優氏は、最近の琉球新報・沖縄タイムスの英語版ホームページが充実していることに触れ、「(沖縄の差別的状況を)本土に向けて伝えても無意味であることに気づいたからであり、ニューヨーク・ジュネーブの国連機関に人権問題として訴えているのだ」と指摘した。

神戸大学大学院国際文化学研究科教授の王 柯氏は国民国家を越えるために「われわれ」をいかにつくるかが重要であると述べた。なぜならば、それは周辺化された人々にとって国家権力に対抗できるからであり、そのためのキーワードとして「東アジア共同知」を挙げ、具体的手法として民際学にとりくむべきだと主張した。

佐藤優氏の議論については、改めて詳しく書いてみたい。

(西脇尚人)

ヘリパッド工事強行への抗議

東村高江のヘリパッド問題で、作業を強行している沖縄防衛局と反対している住民らとの緊迫した対立の中で、16日には住民側に怪我人が出てしまった。しかし翌日以降も作業は強行されている。

桑江直哉沖縄市議会議員、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さん他要請人の有志一同は21日、この工事強行に対する抗議と一時中断の要請を沖縄防衛局に対し行った。
(西脇尚人)

戦争と貧困について 上映会呼びかけ

「ナマ(今)とぅびぃん! オルタナ・クール」第6回でもお伝えしたように、戦争と貧困をなくすために、イラク戦争に従軍した元兵士が語るドキュメンタリー『君はなぜ戦争に行った?-イラク戦争帰還兵の沖縄ー』(イラク平和テレビ局inJapan制作)の試写会が20日、那覇市NPO活動支援センター会議室で行われた。

オルタナクール第6回 君はなぜ戦争に行った?

同作品は、2010年夏、IVAW(イラク反戦帰還兵の会)の元米軍海兵隊員ブライアン・キャスラーさん日の模様を記録している。「17歳の時、母が癌と診断され多額の医療費で貧困状態となりました。18歳の年、母は他界しその1カ月後、海兵隊に入ったのです。大学へ行くために軍隊に入るしかありませんでした」と、自らの戦争体験と入隊経過を語るブライアン。かつて配属されていた沖縄を訪れ、沖縄戦の戦跡、普天間基地、美しい名護・辺野古の海を訪れる。さらに若者たちと交流するなかで、貧困問題を共有する様子が丹念に描かれている。

君は

試写終了後、戦争と貧困をなくす映像上映沖縄実行委員会(仮称)の新垣仁美さんは、「アメリカと沖縄で共通する貧困問題について、特に若い人たちに観てほしい」と上映会の目的を語った。

同作品にも出演した名護市議の東恩納琢磨さんは、戦争と貧困問題を解決させるために、辺野古を生産の場に変える取り組みをしていると述べ、上映会が実践に結びつく意義を指摘した。

琢磨
名護市議東恩納琢磨さん

他には、「ブライアンさんは自身がPTSDを乗り越えるためにも運動をやっているのではないか」という意見や、現在の沖縄の学生の意識として、貧困が理由でなく、希望して自衛隊を就職先とする傾向があり、ここ1,2年では女子も目立つようになったという大学関係者からの報告もあった。

試写会
参加者の意見交換

同委員会では3月から7月まで県内数箇所での自主上映会を予定している。上映希望など問い合わせは担当新垣仁美さん uchina_88あっとまーくyahoo.co.jp まで。

OAMとしては同上映会に何らかの形で関わっていければと考えている。

イラク平和テレビ局inJapan

(西脇尚人)

またも大量動員で現場は危険水域に 高江ヘリパッド問題

東村高江のヘリパッド問題で7日、事業主の沖縄防衛局は作業員と併せ約100名規模の動員をかけ、工事を続行しようと現場に押しかけた。まず12時過ぎ、N4地区で危険なヘリパッド建設に反対する住民らと対峙し、現場は緊迫した。小競り合いの間に、作業員数名が現場に侵入し、重機を使っての伐採作業をした様子。

N4
N4地区

続いて午後4時過ぎ、N1地区に再び現れた職員、作業員らと平和を訴える住民らが対峙した。現場は住民側支援者の女性が押し倒されるなど危険な状態に。結局作業をあきらめた職員は引き上げた。

N1
N1地区 前方で危険な「渋滞」

現場近くの片側一車線の県道には防衛局側の車が約20台縦列し、そこだけ通勤時の渋滞のような異常な状態と化した。現場はふだんから速度を出して走る車が多いこともあり、道路交通上問題があるのではないか。数の論理でなにがなんでも作業を強行しようという国の執拗な姿勢がみてとてる。通行妨害の裁判が進められている中での工事強行には理性もなにも感じられない。

沖縄英文学研究の今

沖縄英文学研究の今

沖縄の英文学研究について情報発信しようとのねらいから、若手研究者が中心となって企画したシンポジウム「英文学研究ネットワークの再構築」が、1月29日沖縄キリスト教学院大学にて行われた。

特別講演第一は「アメリカをめぐる軌跡――沖縄のアメリカ研究について」と題し、山里勝巳(琉球大学教授)がパワーポイントを使って話を進めた。この中で山里教授は、ペリー来航時に通事(通訳)を務めた牧志朝忠の生涯を紹介した。その稀有な才能から琉球王国において異例の昇進を遂げた牧志であったが、庇護を受けた島津斉彬の死後その地位は脅かされ、薩摩派への粛清から投獄、拷問を受け(「牧志・恩河事件」)その後溺死した。山里教授は、琉球への忠誠を捨て、薩摩に加担した牧志の生涯を「琉球知識人の苦悩」と表現し、「ヤマト幻想と現実の落差は現代にも継続される状況ではないか」と問題提起した。

山里
山里勝巳(琉球大学教授

特別講演第二は、「〈速度〉のポリティクス――文学を再考するために」と題し、中村邦生(大東文化大学教授・小説家)が弁舌逞しく話しを展開した。中村教授は、絶えず自己点検・自己管理を強いられる「オーディット文化」に抵抗する様々なアート、文学作品を紹介した。「要約ができないことが魅力」と小島信夫を評し、フリオ・コルタサルの超短編「続いている公園」を「速さと遅さが癒着している」と絶賛した。また、移動している車窓の風景と座席で優雅に腰掛ける左右対称の夫人とのコントラストが印象的な絵画オーガスタ・エッグ「旅の道連れ」に速度をめぐるアイロニーを見出したうえで、「沖縄は遅さが速さをいかに撹乱するかによる」と時評的に話を展開させてた。

中村
中村邦生(大東文化大学教授・小説家)

後半のパネルディスカッションでは、若手研究者によるそれぞれの専門領域が紹介された。そのうち渡久山幸功(琉球大学非常勤講師)は、「ビリーフ・システム」というトラウマ理論からアイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスの短編「イーブリン」を読み解き、さらに現代沖縄の状況に展開させた。「ビリーフ・システム」とは日常的な些細な出来事を通し世界観を信じ込むこと。主人公である若い女性イーブリンはダブリンで希望を見出せない生活を送っている。そんな彼女にブエノスアイレスへの移住のチャンスが訪れるが、イーブリンはそれを断りアイルランドに残る決意をする。渡久山はそこにトラウマ記憶と結びついた「ビリーフ・システム」を見出し、その「精神的麻痺」は個人を超えてダブリン市民全体を包括するものであると指摘した。

さらに渡久山によれば、「ビリーフ・システム」は沖縄の植民地的状況にも当て嵌まるという。つまり、数世紀に及ぶ植民地体験は、沖縄の人々に自治を行うことを不可能であると「麻痺」させ、保護してくれる大国を無意識に呼び込んいる状況をつくっているといえないか。そのような状況を改善させるためにエンパワーメントが必要であるとした。

若手
パネルディスカッション

浜川
司会進行:浜川仁(沖縄キリスト教学院大学)

他には、本浜秀彦(沖縄キリスト教学院大学)が太平洋文学について、喜納育江(琉球大学)がアメリカ先住民文学を沖縄から読む試みを、山城新(琉球大学)が「サーフライディング」について、名嘉山リサ(国立沖縄工業高等専門学校)が映画「八月十五夜の茶屋」の沖縄の描き方についての批判を、浜川仁(沖縄キリスト教学院大学)がイギリスの初期ゴシック小説とロマン主義の詩について研究報告をした。



絶えず「沖縄」という主語を使うことを余儀なくされる言説空間があるとして、英文学研究を報告するという行為はなにを意味するのか。さらにそこに「ネットワークの再構築」を掲げることの切迫感は何に由来するのか。そのようなことを思いながら登壇者の話に聞き入った。登壇した沖縄の若手英文学研究者たちはそれぞれが「沖縄」についてそれぞれのポジショニングに苦心しながらも、英文学研究を「沖縄」につなげようと試みていた。その姿勢は評価されるべきだろう。

であるならば次の問いが生じる。「ネットワークの再構築」とは、誰と誰の、何と何の「ネットワーク」が「再構築」されるべきなのかという。まずは、並んで登壇した若手研究者のあいだで、次にそれらと先輩の研究者とのあいだに、次に「ヤマト」の研究者とのあいだに、次にフロアの参加者とのあいだに・・・というネットワークがひとまず想像される。それらはヒエラルカルでなく、一方向的でなく、そして〈速度〉に抗いながら試行されてほしい。

(西脇尚人)
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