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糸満市場内カフェの新メンバーはピースアーティスト

糸満市場内カフェの新メンバーはピースアーティスト 2007/04/03

沖縄戦で失われたおよそ25万の命、これを紙の手のひらに託し、アートとして甦らせる運動が今、本土出身の主婦らによって沖縄の糸満市のカフェを根城に進められている。



沖縄県糸満市公設市場内のカフェnaminami。本土出身の主婦2人が共同経営でオープン。しかし1年が過ぎた時、転機が訪れた。経営者の1人が夫の転勤でカフェ経営から離れることになった。そして次に新しく加わったメンバーもまた本土出身の主婦だった。ところがこの方、タダの主婦ではない?

 2児の母である木下裕子さんは福岡県出身。4年前に沖縄へ越してきた。友人のくれたチラシでカフェnaminamiのことを知ったという。いただいた名刺には“画家・てのひらプロジェクト代表”とある。

 てのひらプロジェクトのHPにはこう書かれている。「沖縄戦で失われたいのち、およそ25万人。そのいのちを今、紙のてのひらに託してよみがえらせようというプロジェクト。2006年8月15日から始まった。25万人分の手のひらを性別も、年齢も、国籍も、肩書きも、宗教も超えて集めてパネルに張り合わせてピースアートを作ろうという試みです」

 実際に記者も参加させていただいたが、紙に自分のてのひらを鉛筆でなぞり、自由に彩りを加えメッセージを添え、切り取れば終了。いたって簡単だ。そもそもどうしてこのプロジェクトを始めようと思いついたのだろう?

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紙に自分のてのひらをなぞる   出来上がったてのひらアート。ひとつとして同じものがない


―――アフガン戦争が起こった時に生活していた久留米で、ピースウォークに参加したりしました。自分と同じ母と子が深刻な被害にあっているのをテレビで観て、とても人事とは思えなかったから。4年前に沖縄に来た時、ちょうど沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故がありました。実際沖縄に来て感じたことは、「自分は加害者ではないか?沖縄に被害を与えているのではないか?」という複雑な思いです。

 沖縄は日本の47都道府県の単なるひとつではない。薩摩の琉球侵攻以来、日本の植民地とされ、先の大戦では唯一の地上戦で多くの生命を犠牲にされ、米軍統治から本土復帰を経ても現在まで変わらぬ米軍基地の押し付けが続く。「そのおかげで」戦後日本の復興・繁栄はあったという言い方もできる。しかし「踏みつけている側」はさほど気づかない。原因はいろいろあるだろうが、メディアがそれを伝えないし、教育がそれを隠蔽していることが大きいと記者は思う。

―――それまで私は「反対!反対!」と安全な立場からいっていたことに気づきました。だからといって何もしないわけにはいかない。そこでこのプロジェクトを思いつきました。アートという方法は誰も傷つけない。そしてみんなが参加できる。戦死者の数を伝える報道を見て麻痺している自分がいました。その数を形にしたらどうなるだろう?というのが発端です。

 そんな木下さん、カフェnaminamiには何を期待するのか?

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ランチタイムが終りほっと一息の木下裕子さん

―――飲食店スタッフとして関わる他に、てのひらプロジェクトの事務所的に利用させていただけたらと考えています。ワークショップを開きながら同世代のお母さんたちと共に学んでいきたい。同時にここは、糸満の戦争体験者の生の話が聴ける場所です。まさにこのプロジェクトに相応しい場所ではないでしょうか。

 現在まで集まった“てのひら”は約600個。目標達成までスローなプロジェクトは続く。ある幼稚園からは今年の慰霊の日にやってもらえないかという申し出があったという。参加希望の方はホームページからアクセス、あるいはmixiにもコミュがあるのでそちらからでも参加OK。

関連サイト:てのひらプロジェクト

◇ ◇ ◇

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