twitter @oam0

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書評『市民科学者として生きる』

書評『市民科学者として生きる』

生きる

高木 仁三郎著
出版:岩波書店
発行年月:1999.9
税込価格:\861(本体 : \820)

 市民化学者という耳慣れぬ言葉と共に、著者の後半生は語られる。この言葉は科学者という存在が実は市民ではなかったことを浮き彫りにさせ、国家に庇護された科学者=体制側への批判と、先人の未だ踏み入れぬ荒地を満身創痍で前進する個人、その二者の対立をも含意する。

 そもそも原子核化学の研究に燃えていた若き日の著者には、周囲同様、核の脅威には無頓着であった。木を見て森を見ず、自らの課題に没頭する毎日であった。が、個人に忠実な本来の性質が、矛盾を抱えた組織への違和感となって現れる。その違和感はさらに国家の原子力開発そのものに向けられる。翻って社会へ目をやり、市民として三里塚闘争に参加する。そして花巻農学校の教師を辞任し、郊外で農民と共に耕し、学ぶ道を選んだ宮沢賢治の言葉から、職業的科学者の衣を脱ぎ捨てる覚悟を持つ。

 1975年、「原子力資料情報室」を仲間数人と立ち上げた際にも、著者の「見る前に跳べ」、「走りながら考える」性分は直らなかった。スタートさせたものの、どのような方向性にすべきか、まったく定まっていなかったのである。資料室というからには、様々な原子力関係の情報を収集し、管理する。それを行うメンバーのサロン的な場所。大方の意見はそういったものだった。情報室をどうすべきかは、そのまま著者自身が何を目指してどう行動していくかという問題とほとんど同じ軸であった。ここに大きな葛藤が生まれる。「科学者としての専門性とただの一市民としての感性や視点をどう両立させうるのかという、決して容易でない」個人的問題。同時に、情報室は「研究調査の専門機関なのか、反原発のためのキャンペーン組織なのか、という問い」がつきつけられる。

 この葛藤は著者のその後に悪友のようについて回る。チェルノブイリ以降の世界の反原発への趨勢にせきたてられながら、悪友はなおも纏わりつく。国・政治という大きな壁への挫折。専門家と運動家両側への引き裂かれ。この悩みはまわりの誰にも共有してもらえない。やがて著者はプルトニウムという原点に帰ることでこの悪友にオサラバする。自分の専門の間口をひろげ過ぎたという反省に立ち、「運動のリーダー」を過度に背負い込むこともやめることにする。

  といって、もちろん、「専門家」に徹し切るつもりはなかった。一人の人間として、一市民活動家の立場は、すでに自分から取り除くことのできない身体の一部のようなものになっていたので。それなら、専門家と市民、時計とかな槌という二足のわらじをはくのではなく、やることの範囲を絞ったうえで科学者=活動家といった地平で仕事をすることも可能ではないか。いや、そこにしか自分が今後生きていく道はないのではないか。

 平凡過ぎるかのこの結論も、実は我々各自に突きつけられていることを忘れてはいけない。文明が発達(退化?)した時代に、人は「市民」と「専門家」の両方を併せ持って生きている。というより、その両者に引き裂かれて生きざるを得ない。その専門性が増せば増すほど、それ以外のことは何も分からなくて済ませている。この文章はパソコンで書かれているが、私はパソコンの仕組みについてほとんど何も知らない。市民になるためには専門家という言葉に括弧を入れなければならない。そうした後の市民とは?我々は普遍的な市民となり得ているだろうか?

(西脇尚人 初出2001/9/22 「市民と科学者の引き裂かれ」改題)



沖縄本レビューは沖縄関連書籍に特化したカテゴリーですが、今回の福島第1原発事故に端を発するクライシスに対し、希望へのヒントを与える書を紹介したく、過去に他媒体に発表した書評を改めて掲載することにしました。(西脇)

コメントの投稿

非公開コメント

サイト内検索
カテゴリ
お問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。