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福島原発事故 内部被曝について正確な情報を知ろう 5

4/24配信 福島原発事故 内部被曝について正確な情報を知ろう 2-2

【話者】
矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授(以下:「矢ヶ崎」敬称略)


<00:54:16より続きです>



矢ヶ崎:
それでですね、では、この日本の放射線科学は学会として何で内部被曝を認めていないか、ということの話に入ります。これは先ほどアメリカの核戦略っていうことを出しましたけれども、これは核兵器の姿を偽ることと、原子力発電を推進していくためのものだったんだけれども、結局はですね、そういう誤魔化し自体が、本当に「科学をする」そういう姿勢に直結している実態があるわけです。


で、アメリカが原爆の後ですね、内部被曝を否定したやり方というのは、このアメリカが日本を占領している間に原爆に関するデータを一切秘密扱いにして、その間に操作をしたわけなんですけれども、基本的には原子爆弾の爆心地から放射性物質をなかったことにしてる。

こういうことと、もう一つは被曝者の被害が内部被曝はなかったことにする、こういう数としては、もうほとんど99%以上の比率を占めていたデーター操作によって、いわゆる国際放射線防護委員会、ICRPなんですが、ここの、この被曝を判定する基準から内部被曝を隠してしまった。これは、3番目のものはモノサシなんですね。モノサシ自体をほんとは、これだけが10センチなのに、このモノサシっていうのは、こんなに長い間が、長い距離が1センチだよ、10センチだよ、っていうようなモノサシをつくったり相当しております。


これは、1954年の原爆直後にアメリカあるいはヨーロッパの新聞記者が入ってきたものも、マンハッタン管区の情報層がですね、東京にやって来てそういう報道は一切デタラメだ、ということをやって、その占領軍の中でプレスコードをしいていったという歴史があります。


第一のものの基本的なやり方は、このグラフが示している通りなんですが、縦軸は放射線の強さを表しています。で、横軸は時間を表しておりますけども、放射線は半減期だなんていう言葉がありますのに、どんどん放射していくと自分自身は数少なくなっていくというカーブを取りますけれども、決定的なことはですね、ちょうど六週、広島で言えば、六週間めに枕崎台風というのがやってきました。この枕崎台風は日本の三大台風という風に言われているものなんですけれども、これは広島で言えばデルタ地帯のテンミネで堤防が決壊して爆心地一帯、床上1メートルの濁流が襲いました。で、太田川の橋20本が流出してしまった。広島県の犠牲者は2千名以上になったという、そういう台風なんですけれども。この台風で、当時の広島支庁も一切合財全て流されてしまったという、そういう、調査をきちっとする前に流されてしまったという、嘆いているんですが、素人が見ると誰でも台風の後、埃なんか残ってない、当たり前のことなんですよ。

ところが科学です。すごい科学があったんですよ。で、48日目に初めて測定に入ったという、そういうデーターを、この後、何回も測定に入ってるんですが、基本的には、ある時点で測定します。この測定値自体、かすかに残っているものの全体を決して表しておりませんけれども、測定した。こともあろうに、この値が始めからあったもんだよ、というそういう操作で。で、放射線科学の日本の科学人は、これを何十年も、この値だって言い続けてます。それで原爆症認定集団訴訟などが、これに対して「現実を見ろ」ということで訴訟を起こしてるわけですね。

で、もう一つのやり方というのが、本来ABCCという原爆傷害調査委員会というアメリカの機関で、後に日本の管轄になって放射線影響研究所になりました。ここらにいる日本の研究者が今尚、研究、放射線研究のボスに居座り続けているというのが、日本の実態と見ていいと思います。

どういうことをやったかというと、直接被曝といって原爆の、核分裂をしている上空600メートルから降り注いだ初期放射線というのは、2キロまで勘定したら充分であると。2キロ以上は被曝放射線は浴びていません、ここを0(ゼロ)ラインにしたんですね。ところがドイツ人の研究者なんかが、日本全国平均と比べて、これがすごく高い値であるということを確認してます。こういう仕事自体が、日本の放射線研究者でなされていないんです。


このデーター、ちょっと割愛いたしますが……そこでつくり上げられた国際放射線防護委員会の基準、これは内部被曝をみるような細かい塊りで見ない、大きい塊りで見るということ、まず宣伝していてですね、やり方は単位を質量あたり、すなわち1キログラムあたり、どれだけのエネルギーの放射線で与えられたかっていう、エネルギーだけで計る。

これは具体的に被曝の中身を一切眼に入れることなく、全て均一に被曝しているという、そういう条件にセットしてしまって、単純化を行ってるんですね。併せて、具体性を一切打ち捨てているモノサシをつくったわけです。

で、これによって内部被曝が無視されてしまいました。で、内部被曝無視、具体性の捨象という、これが科学的には物凄く大きな役割を果たしたんですが、次のページでご説明致します。

もう一つ、この国際放射線防護委員会の特徴というのはですね、この、はっきり明示されている勧告という風に呼んでるんですが、14番目のものです。「経済的・社会的要因を考慮して合理的に達成できる限り」規制していくという、放射線を規制していくという、そういう中身が出されておりますが、これは別の言葉で言うと原子力発電所を運営するために、あまり厳しくしてしまうとカネがかかりすぎて、結局運営が厳しくなるので、ちゃんと運営がしていける程度に垂れ流しても、それを認めてもらうと。その結果、人が死んでもそれは我慢してくれ、という「受忍値」と言いますけれども、受忍の線を引いたわけですね。

これは、X線で体を撮影するような場合では、一人一人の患者が被曝をしますが大丈夫、いいですか、って言って、結局、被曝よりも医学的なメリット、医療的なメリットを生むために被曝をするんですね。これは、毎回必ず受忍してます。OK出してますね。

原子力発電所の場合には、亡くなる人は誰が亡くなるか分からんけれども、確実に酷いめにあって亡くなるわけですね。でも、これは社会がエネルギー源を得るために「アンタは死んでも、まあ、我慢してくれ」という、そういう意味なんですね。だから、そういう意味で決定的に民主主義違反だ。そういう中身を持っています。個の尊厳だなんていうのは民主主義の中で一番大事なポイントになってますけれども、それが全く無視されている、これが今のICRPの持っている防護体制の指針なんですね。

それに対して、先ほどのヨーロッパ放射線リスク委員会というのは、あくまで人間の健康を守るというのが大原則であるという、そういう原則を持っています。で、日本はこのICRPを掲げているけれども、具体的には内部被曝を隠蔽した科学集団が、今もまだ尚、人は代わっても安全だということを言い続けている状況です。

ICRPの具体性を捨て去ってしまうということの危険というのは、科学するっていうことはですね、まさに具体的にものを見て、物事の関連性を具体性の中に探っていくという、これが真理探究の一番基礎的なプロセスなんです。これを結局、単純化・平均化、具体性を一切打ち捨てるということのモノサシは、科学するっていうことは排除してしまってるんですね。ここのところが非常に大きい問題です。で、結局、日本の集団は原爆症認定で裁判全部、内部被曝を認めたけれども、学者集団はそれを見て見ぬふりをしている。ヨーロッパ放射線リスク委員会の検討を、検討結果を突きつけられても見て見ぬふり。それが日本の放射線科学集団の主流の武器なんですね。


具体的にチェルノブイリでどんな被害が表れたかっていうことを、まずお話致します。これは、甲状腺ガンの発生数を縦軸にとっておりまして、横軸は1986年にチェルノブイリが発生しましたが、ずっと年代をとっております。で、通常はですね、子どもが甲状腺ガンを患うだなんていうのは、この縦軸、1万人当たりの数字なんですけれども、一万人当たり一人程度、これが基本的なベースラインです。ところが14歳以下の子どもたちの甲状腺ガンの発生数っていうのは、約10年後にですね、こんな強大なピークを持っております。

で、このピークの値そのものが通常の100倍に至ってるわけですね。毎年毎年ここらんところでは、100倍近い子どもたちがガンに罹ってしかも亡くなってきている。で、これが14歳から15歳になるとピークを迎えるのも時間がかかる、それからピークの値も低くなってくるというような表れ方をしています。大人になるほど感受性が小さくなっていく。


えーとですね、これをお見せしましょう。感染症の方に対する影響なんですが、アメリカにもチェルノブイリの死の灰が1986年の5月いっぱい続きました。5月ごとにエイズで亡くなった方の比率を前年の5月と比べるということに致しますと、このチェルノブイリがある前に1984年の5月対1985年の…あ、ごめんなさい…5月というのは、むしろ患者が亡くなった方が減ってるんですね。ところが1985年とチェルノブイリの死の灰が進んだ、降り進んだ5月を比べると、何と2倍も亡くなってるんですね。あと感染症全部とか肺炎とか個別にとっていきますが、年齢が、これは25歳から34歳、年齢が65歳、そういうのは年齢が若いほど、すごくたくさん亡くなっております。


で、これと同じようなことを子どもが肺炎とインフルエンザによってどれだけ亡くなったかという、もっと長いスパンで見ておりますけれども、縦軸はやっぱり10万人あたり、インフルエンザでどれだけ亡くなったかという表示を示しておりますが、ここが原爆が落ちた1945年、それ以前は、急速に医学の進歩と伴に亡くなる小児が減っております。ところが核時代に入ると予想される現象カープが全く違うカーブにいってしまった。

で、ここで1963年に大気圏核実験停止条約が結ばれると地球に振り撒かれている放射能の埃が減少するもんだから、やっと減ってきている。そういう数字が、グラフが出ております。このグラフとちょっと縦軸は正確に同じ目盛にはなっておりませんけれども、ニューメキシコという全く雨が降らないと言っていいような乾燥地帯の同じ肺炎とインフルエンザの死亡する子どもの数見ていくと、ここのところで、こちら、全平均がこういう風になっているところが丸っきり理想的な減少カーブになっていっているわけですね。雨が放射線を、放射性物質を運ぶ……ですから沖縄にいても、これはきちっと雨に当たらないようにしなきゃいけない、それから先ほどちょっと触れましたけれども、野菜はとにかく洗うということ、食べるからには、きちっといつもの二倍も普通に洗って、更に流水で洗うという、そういうことをやっておられないといけないという……

ちょっと長くなっておりますので、最後にスリーマイル島の時に周辺の十の郡にどれだけの疾病があらわれたかということでございますけれども、この黒いグラフを見ていきますと、最初の黒いグラフはですね、小児ガンが全米の平均の35%もたくさん出ております。それから新生児の奇形、これが20%ぐらい増加しております。それから、こっちは乳幼児の疾患ですが、こういう17%。それから最も大人で被害を受けているのは乳ガンの方ですね、これが7%ぐらい、こういう風に周辺は、特に子どもを中心にして被害が表れているということがはっきりしております。

それから、もう一つ……これは、横軸に飛んできた放射能の強さをずっとプロットしておりますけれども、これが一番濃いところから真っ直ぐ直線引かれて、こういう、ほとんど影響がないところにいくわけじゃなくて、ずーっと、こういう余り変化しないカーブがあって、非常に低線量になって、急に0になっていく、こういうカーブを取ります。ということは、外部被曝的に見ても、低線量被曝といっても、直線で引いたカーブよりも遥かに多くの犠牲者をもっているという、そういうことになっております。

一応、説明はこれで終了したいと思うんですが、いかがでしょうか。結局、私の福島訪問記などの写真をお見せすることがちょっと出来ませんでしたけれども、ひとまず、これで時間を取りたいと思います。

(つづく)

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