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福島原発事故 内部被曝について正確な情報を知ろう 3

4/24配信 福島原発事故 内部被曝について正確な情報を知ろう 2-2

内部被ばく3

【話者】
矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授(以下:「矢ヶ崎」敬称略)


<00:15:14より続きです>



矢ヶ崎:
日本の研究者、京都大学の研究グループが測定したものです。一週間ほど前に測定したものなんですけれども。飯館村の曲田、ここで95ミリシーベルトという大きな値を測定しております。これそのものはですね、3月15日から積算して今まで約1ヶ月間の値として90(95?だが「ジュウ」と聞こえる)ミリシーベルトという大変大きな値ですね。日本の原子力安全委員会が指定している屋内退避や避難ということで50ミリシーベルトになるまでは自宅内の屋内退避していくことという、そういうレベルがありますが、このリミットを持っている95ミリという2倍近くの値があります。

で、また少し別の方法で、この土地の汚染状態、1平方メートルあたりどれだけの放射線が出ているか、ここに書いてあるベクレルというのは、1秒間に何本の放射線が出ているか、そういう数字なんですけれども。この上の沃素の場合には3260キロベクレル、具体的な数値そのものでいうとキロをのぞくと326万本の放射線が1平方メートルから出ているということですね。これをチェルノブイリの場合と比較いたしますと強制避難基準を設けられて、その値というのは1480キロベクレルです。これらは沃素だけを比べてもものすごい強い値が出ていますね。そういう意味で、この住民を避難させるかどうかということ自体、日本の政府がきちっとした実状に合う対応をしていない、これは大問題です。


特に大きな問題がですね、福島県内にある学校全て汚染調査致しました。その結果ですね、日本では管理区域って言って一般の場所ではなくて、特に放射線が強くて管理しなきゃいけない区域の放射線レベルというのが指定されておりまして、3ヶ月で1.3ミリシーベルトという、そういう値になったら、もうこの値に達したら、それ以上労働者は管理区域に入ることが出来ないというような規制がかかっている、そういう値に対してですね、なんと76%がこれと同じレベルの汚染状態である。更に明らかにこのレベルを超えているものが20%もあったという、そういう状況を福島県の測定で報告をしております。

この他ですね、福島県の学校の状態がここに書かれていますけれども、非常に危惧すべきは、海へ汚染物質を放棄しております。それから破局に到る、その、破局に到ったら何をしなきゃいけないかというシュミレーションさえありませんでしたけれども、こういった事はですね、結局、住民の被曝限度を引き上げるということで、そのまんま居続けさせるという、そういうことを日本政府は取っているんですけれども、このなんか、破局の非常事態の時には、この限度値を高めるというのが当たり前だみたいな、という風なとんでもないことだと思います。限度値を高めるということは、住民に被曝をたくさんさせるということなんですね。そこにきちっとした政府の見解を示すんではなくて、とにかくその場しのぎでやるために限度値を上げて、住民の健康は絶対今は出ない、後になって出ることだから、今はなんか「安全だ」っていうことを言って、そこにおいといた方が簡単だという、そういう住民無視の考え方から、こういう限度値引き上げということが出て来ておりますけれども、そういう意味で日本国民全体が主人公として大切にされる存在ではないという、そういう方針がはっきり出されているというように、私は思います。

ICRPという、今のこういう基準値などを決めている所の考え方というのはですね、通常の限度値というようなそういう限度値を設定しておりますけれども、これは健康のためにここまでならいいという値では決してありません。エネルギーとして電力を生むためには、あまり規制を強くしてしまったら商売が出来ない、運営が出来ないから、適当な運営が出来る値にとどめておく、と。その限度値で犠牲者は必ず出ているわけなんですけれども、その出た犠牲者は、死に到っても我慢しなさいという、そういう数字なんですね。ですから、民主的な基盤がこういう数字設定基盤にあるかと言ったら、まるっきりありません。ですから結局、今とられているのは、いのちも地球も犠牲にしたその場しのぎがされているということがはっきり言えると思います。

ちょっと返りましたが、今、福島県内の学校で子どもたちに20ミリシーベルトという、そういう高い値を限度値にして、学校を再開していく、授業を始めていくということに対して、全国的に怒りが走っております。ちゃんと、こういう汚染状態をそのまんまにして生徒を「被曝していい量」だけ上げて、学校に通わせるのがどういうことだという、そういう怒りが集中しているところです。


そもそも原子力発電は本当に発電所として運営していっていい資格があるかどうか、ちょっと変な言い方をしますけれども。そういうことでそもそもを考えますとね、今、まき散らかされているような危険な放射能をとにかく封じ込めるしか能がない、そういう人類としてはまだ放射能を安全なものに変えていく技術がないんですね。だから破綻する、すなわち封じ込めが失敗したらとんでもないことになる。そういう、やってはならんことをやり始めたんだ、という、そこんとこがまず……我々がどういうきっかけで、こういう原子力発電なんかがされ始めたかということを見る前に、きちっと視点として置いてかなきゃいけない、そういうもんだと思います。実は、こういう原子力発電が日本や世界に押し付けられた、そういう中身そのものにアメリカの核戦略にあるんです。核戦略として中身がどういうところにあるかっていうと、一つは原爆で落としたけれども、余りにも破壊力が大きくて、しかも放射能で苦しめられる人がすごくたくさん出た。これをこの核戦略として世界を脅す、そういう兵器として使っていくには放射線で苦しめられるという、そこの場面をアメリカは隠したかった訳です。だから核兵器は破壊力は大きいが放射線で苦しめられることはない、通常兵器と同じだと、そういう虚像をつくりたかった。

もう一つはウラン濃縮工場を経常的に運営していくために、原発を押し付けるということが必要だったんです。で、どういうことかと言いますと、ウラン、核兵器作るためにはウラニウムの濃縮をしなくちゃいけません。この濃縮をするということは核兵器だけに、このアメリカが作った工場を使うと精々1年の1、2ヶ月やったら、核兵器だけのためなら後、運転しなくてもいい状態になってしまいますが、それでは核戦略としていつでも大量に対応出来るようにしておくためには誠に不都合なんですね。それでいつでも運転するということを目指して原発を売り込んだ訳です。たとえば100キロ、100万キロワットの、原子力発電所で一年間運転すると広島・長崎の約1000倍の放射能のほこりが出てきます。

で、1954年にアメリカとの関わりで日本に原発が導入されました。その形は「国策民営」と言いますが、国が開発するということを決めて、やるのは東電などの電力会社。この構造がですね、一切の民主的な運営というものを初めから閉ざしている状況でした。原子力3原則というのも当時の学術会議、日本学術会議が発表して被爆国である日本は原子力を開発する上で「民主・自主・公開」この3原則を守らない限り絶対反対だという、そういう声明を出しましたけれども、国会ではこの3原則を通過させました。でもこれは、まさに目くらまし的に、たとえばサンフランシスコ条約でこの沖縄に、表向きでは日本に核兵器を持ち込むには、ちゃんと事前協議が必要だなんていう協定をしたんですが、全くそれは国民向けのもので核密約に基づいて核兵器素通りの状態をつくったんですね。これと同じように「民主・自主・公開」っていうものが国策民営という形の上で、丸っきり初めから提供できなかったという歴史があります。


そういう中で安全神話というのがつくられたんですけれども、そのバックグラウンドにはいくつかの布石があります。今言ったように「国策民営」というスタイルが一つなんですけれども、この原子力の保安体制がどんな風につくられるかっていう、そこんとこが日本では極めて杜撰でありました。例えば、アメリカという核戦略の御本家というようなところでも、原子力発電についてはですね、第3者機関で……第3者機関っていうのは、推進派でもなく反対派でもなくて、まあ、客観的に事態をきちっと見て判断できるっていうそういう……この第3者機関で人員としては、ここに書いてあるが、3000名近くの職員を擁しております。ところが日本はですね、原子力保安院って言って、通産省の組織の中に保安、まさに推進派の中に保安院があるんです。で、アメリカの場合の第3者機関とは丸っきり違います。800名という人員なんですけれども、この中で現場点検を出来るっていうのは数十人しかおりません。で、とにかくアメリカと比較しただけでも、日本はまさに推進派がつくる保安院で保安監視をやっていたということです。これが今も、皆さんよく分かるように、東電と保安院が一緒になって事故対策をやってるわけですね。この構造そのものがやっぱり初期、操作、これを決定的に遅らせたバックグラウンドをつくっております。

で、もう一つはですね、冷却系をきちっと確保しなきゃいけない、とそういうことが日本はずっと弱いというふうに言われましたけれども、この弱いって言われてることが、結局上の産官学が癒着して推進派だけで検討を進めるということで、冷却系の完全な保安体制がとうとう出来ないで来ました。色々、この、東北学会の申し入れ、いくつかの政党の申し入れ、市民団体の申し入れ、そういったことをですね、科学的に検討しないで全て封殺してきた。

それからもう一つ、3番目はですね、この2番目を受けているんですけれども、チェルノブイリの事故の後、IAEAっていう国際原子力管理委員会、これが破局になった時のマネジメントも世界的に会議を開いて決定して呼びかけております。で、その中身は過酷事故に対する拡大防止策、これ以上事故が発展しないように。それから過酷事故に至った場合の影響緩和策、こういったものを提案していますが、この時、産官学癒着の日本は、この体制をきちっと取るということをじっと拒否してしまっているんですね。で、2007年に到っても、耐震安全計画というものを発表して安全宣言を採っておりますけれども、この時も地震による津波っていうのが、精々5メートル、5.6メートルというような、そういうところで設定を低く見積もって安全宣言をぶち上げているわけです。


保安、ということで言いますとね、完全に、一つの安全サイドからモノを見るという、これは言ってみれば推進派で原子力発電所をやると思うけど、やりたい、という流れがあるのに対して、これが破局に到った時に多くの住民がいて、これ、住民って言うのは主権者で、主権者が安全を確保するという眼で見た時の、機械的な設備の状況ではなくて、これがもし破局に到ったらどうなるかという、そういう方法での二つのドッキングがあって初めて保安というものが成り立つわけですけれども、住民サイドの保安というイロハのイがなされていなかったんですね。どういうことかと言いますと、国際的にレベル7まで状態判定指標がつくられておりますが、もしレベル6がこの原子炉に当てはめられたら、どんな状況になる、どんな症状になる、その症状を抑えるためにどんな機械が必要か、それでそのためにどんな体制が必要になってくるか、時間はどれだけ許せるか、こういう安全方法からの検討が一切なされていませんでした。ですから、初動操作の遅れはですね、利潤第一視、推進派だけで構成している事故対策だもんだから「原子炉に海水入れると原子炉使えなくなっちゃう、止めたいな」そういうような思惑と、これ、シミュレーション、悪くなったら、もしこれがダメになったらどういうことになって何が必要かっていう、そういう安全上の思考的な検討すら出来ていなかったんですね。症状が出てからオロオロして、さて何するか、時間はいっぱい取られてしまった。それが、もしそういうことがなくて、初めから海水をバッと入れなきゃならん、という断固とした姿勢があった場合には、今のような破局は回避できた可能性がある、非常に大きいです。


で、このページで今の一連の話を終わりに出来たらと思うんですけれども、福島に行って私が一番びっくりしたのはですね、自治体に、あるいは町内会に放射線を測る計器、一つもないんですね。これは、誠にこの安全神話というのが住民無視を徹底してやっているかということを見せつけられた、という感じです。住民は全く放射能物質そのものが目に見えないし、それでどれだけ汚染されてるかっていうのを計器がないと自分では何にも見えない、そういう状態に置かれて、それで結局翻弄されている状態なんですけれども、住民っていうのは、そこにいて邪魔ものではなくて主人公なんですよね。国の主人公に、もし、万が一あった時にどういう身の回りの状況を知る、あるいは身を守る、そういうことが必要かって、そういうことが一切なかったんです。

それから、小学校などの原発事故が起こった時にどういう風に避難するかっていう避難マニュアルも見ましたけれども、基本的には地震と全く同じスタイルでしかなかったですね。放射能の埃が来ることは、もう非常にはっきりしてますから、マスクを手配するだなんてイロハのイだと思うんです。埃だから色々、体に付かないように、衣服に付かないようにビニールの合羽、そういったものは絶対必要です。で、帽子も被らせなきゃいけません。で、そういう放射能の破局というのはトータルでどれだけ被曝してるかっていう計数バッチ、放射線バッジを一人一人の子どもが身につける必要があるんですけれども、子どもだけでなくて市民全体がですね、こういうことが一切ありませんでした。

一体、この面から見ると安全神話の安全の「あ」の字も手配が整っていなかったという状況なんですね。結局、自治体そのものは何をやっていいか分からんし、政府も結局は「安全だ、安全だ」って言ってきたけれども何をやったらいいか分からん、それで外部被曝しかものが見えていない、住民の後発性疾患などを認めない、そういう学会に依存せざるをえなくて今、そういう方向で進んでいるということであります。

限度値を引き上げることは、それから学校のことについては先ほど言いました。特に乳幼児、妊婦さん、それから病人の方、そういった方は「被曝弱者」という風に呼ばれておりますけれども、これは特別にちゃんと保護しなきゃいけない、そういうことをやってないんですね。


沖縄でも特に注意して頂きたいのは、食の安全に関して厚労省は野菜の出荷に放射性検査、放射能の検査は野菜をしっかり洗ってからやりなさい、と指示を出してます。ところが市場にはですね、農家は洗浄する設備が整っていないところが、もっと多いものですから、特に葉野菜は全部そうといってもいいです。汚染されたものが非常に行き渡ってしまうという、すなわち、厚労省は洗浄してから表面の埃は全部取り払ったものを検査値として出しておりますけれども、私どもの消費者には埃の被ったまんまの状態が届いてしまう。これはですね、政府は今、一生懸命、風評被害避けましょうという風に言ってるけれども、一番大事なことはきちっとしたデーターを出すことが基本です。で、消費者がですね、これは汚染されているかどうか、疑問を持って出来たら避けたいというのは全く合理的な判断です。合理的な判断自体をデーターも与えないで「止めなさい、止めなさい」というのは、本当に大和魂をかきたてられているという、そういうような気が致しました。


結局、被曝を最小化するという手立て、具体的な対応というものが丸っきり行われていない。それで、津波による被害者、震災によって家が壊れた、そういう被災者、この方たちは眼に見えて具体的な被害があるんですね。ところが放射線の被曝者というのは今は健康のように見えるけれども、5年10年20年という後に発ガンにあったり命を落としたりすることがある。これに対する手立てというのがですね、丸っきりない状態ですのでね。同じ震災と言ってもこちらの人災の方には丸っきり具体的に政府が責任持ってサポートするという、被曝を最小化するという手立てが丸っきりされていない。これは棄民、民を棄てる、そういう政策がされているか如くのものです。

(つづく)

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