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書評『奄美の債務奴隷 ヤンチュ』

書評 『奄美の債務奴隷 ヤンチュ』

書評『奄美の債務奴隷 ヤンチュ』


著者:名越護
出版社:南方新社
定価:2000円+税


本書はこれまでタブーとして語られることの少なかった「ヤンチュ」の歴史を、丹念な取材の元詳述している貴重なドキュメントである。

 ヤンチュとは奄美地方に実在した、地方豪族や豪農に隷属した債務奴隷的な下人を指す。「家の人」の漢字が当てられ「家ン人(チュ)」ということだ(「チュ」は奄美・沖縄の方言で「人」を指す)。

 その起源ははっきりしないが、近世に大量発生したヤンチュにはそれ以前にはなかった債務奴隷的な特質がある。薩摩藩は奄美侵略後、当初は自立小農民の育成に力を入れていたが、奄美特産の砂糖が大阪市場などで高値で売れることが分かり味を占め、それまでの「貢米」を砂糖に代える「換糖上納制」を1745年から実施した。そこで生産される砂糖が農民の口に入ることはなく全て薩摩藩に搾り取られた。

 天災や病気など不慮の事故で貢砂糖の足りない農民は豪農などから借りて上納、借財が増えて結局身売りしてヤンチュになるより術が無かった。貧窮した生活に重労働、そして周りからは冷たい差別を受けた。

 ヤンチュを吸収した「衆達(しゅうた)」と呼ばれる新興豪農は、大規模農業を拡大していった。「つまり薩摩藩の奄美での砂糖収奪による植民地的な政策が大量のヤンチュを生み出した要因である」と著者は断定する。さらにこの背景には、予人(よひと)と呼ばれる今で言う市町村長や島役人などに「郷土格」や「一字姓」などを与え差別化を図り「島民による島民の支配」体制を強化した薩摩藩の政策があることを見逃してはならない。

 本書はこれまでタブーとして語られることの少なかったヤンチュの歴史を、丹念な取材にもとづいて詳述している貴重なドキュメントである。重要な問題提起として「薩摩藩が明治維新の偉業を成し遂げられたのも奄美の黒糖があったからで、奄美島民の犠牲の上で近代日本が実現した」と指摘されている。ここに収奪=再分配を基礎とする近代国家の暴力が露にされる。

(西脇尚人 2006/10/14)

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