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別冊『カオスの貌 川満信一個人誌』

 別冊『カオスの貌 川満信一個人誌』

カオスの貌

著者:川満信一
出版社:龍吟舎
発行年:2010年11月


 『別冊 カオスの貌 川満信一個人誌』は、詩人で評論家の川満信一が発刊する8冊目の個人誌である。同誌は創刊号から第7号まで一貫して特集型式が取られており、これまで各号ごとに個別のテーマが設定されていた。しかし今回の「別冊」は、書き下ろしの作品がメインではなく、主に『情況』『環』『前夜』などの文化雑誌に発表された評論文をまとめて発刊されている。

 収録されているのは2001年10月から2009年9月までに発表された既出の評論である。その文章にあらためて目を通すと、米軍再編や普天間問題、沖縄県知事選、米国のアフガン、イラク攻撃、政権交代、朝鮮半島情勢の緊迫化や中国の台頭など、沖縄の現状を考える際のさまざまな文脈やキーワードが浮かび上がってくる。

 しかし、収録された文章は単に幅広いテーマを扱っているというだけではない。重要なことは、それらの多様な論点の中でも、筆者がいくつかの課題を繰り返し問題にすることによって、中心的なテーマを浮かび上がらせているということである。具体的に言えばそのポイントとは「アジア」「憲法」「国連」というキーワードである。
 
 「東アジア共同体が実現したとき、戦争体験と文学とのかかわりは、もう一つ次元を高め、視野の広がりを得て、人々の存在の意
味を深く探るスケールの大きなものになるだろうと期待しています」(「沖縄・苦悩の坩堝より」p42)
 
 「アジア共通歴史教科書の発想と同様、国境を超える『越境憲法草案』がイメージされてもよい」(「在日・朝鮮の思想にどう向
き合うか」p49)
 
 「次に東アジア国連本部の設置構想です。これも現実に運動が進められてきました。バランス地帯をつくりだすためには有効な発
想の一つだと思います」(「東アジア幻想共同体」p56)
 
 個人的に興味深いと思うのは、筆者によってこのように用いられる「アジア」「憲法」「国連」という語句が、既存の意味をなぞるだけではなく、まったく新しい意味合いを帯びて、独自の用語として筆者によって使用されているということである。

 読者はここで、「アジア」「憲法」「国連」といったキーワードによって投機された含意を、既存のそれと同様な意味に読み間違えてはならない。重要なことは本誌の評論について、沖縄を取り巻く今日的な現実と照らし合わせて「荒唐無稽」と単に判断することではない。逆に、本誌の評論の「可能性の中心」は、沖縄の社会的な文脈から垣間見える「近代国民国家」を相対化する視点を手放さず、我々を取り巻く「現実」を批判=批評する場を確保しようとする強固な意志をこそ読み取り、それを肯定することの中にある。

 「考えるほどに、沖縄では独自の、自前の思想で切り抜けるしか道はない、という想いにかられた」(「私的視野からの一九六八年」p.28)という筆者のスタンスは、今日の沖縄のあり方をあらためて吟味する上でも示唆に富むものである。重要なことは、その示唆を、「実現不可能」なこととして切り捨てることではなく、いかに普遍化し、「近代国民国家」に拠らない社会認識として具体化するかということにかかっている。

(與儀秀武 2011/03/28)

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