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書評『ウチナーンチュの生き方を探る』

書評『ウチナーンチュの生き方を探る』

ウチナーンチュの生き方を探る

山城興勝(著) 琉球新報社 (2010/12出版)
1260円

本書のあとがきの末尾には「2010年8月21日 興南高校が甲子園で優勝した歴史的な日に那覇市にて」という一節が書き添えられています。昨夏、他県出身者で一時的に沖縄を訪れていた僕も、たまたま入った食堂でのテレビ観戦でその興奮に触れる機会があり、そのことは強く印象に残っています。その興奮の中にはどういう思いが含まれているのだろうかと。そしてそれは直接には政権交代以来再燃し続けている基地負担に対する不満、またそこから呼び覚まされる、薩摩侵攻から琉球処分を経て今に至る歴史的な被征服の感情などが渦巻いていて、その「うっぷん晴らし」の側面を見る一方で、そういった沖縄社会内部の抱える “重み”にある種の生きにくさを感じているであろう、若い世代の県出身者にもある種の開放感を与えていたのだろう、と自分なりに考えてみました。
そこに共通するのはおそらく、押し付けられたルールの外に出たい、という欲求であり、そういう意味で、主に海外で(日本の外で)成功をおさめた県出身移民の訪問記である、本書のあとがきがこの一節で締められる気持ちは、充分理解できるものです。

この本で触れられるのは、南米地域への沖縄県出身者の移民の姿ですが、そのルーツは、およそ100年前に遡ります。その頃の海外移民の性格として、明治維新とともに近代国家として歩み始めた当時の、経済力も弱い日本の政府が、口減らしの意味も含めてとった国策である、と触れられていますが、その移住者の中での沖縄県民の高い割合は、その後の太平洋戦争へと(そして現代も)引き継がれる、国のために不当に高い犠牲を強いられるという側面もあらわにしていると言えます。また当時の主な移民先である大規模農園などでの過酷な労働に耐え切れずに逃亡者を多くだし、一時は当時の外務省から移民の制限や禁止の措置を受けるという経験も、沖縄戦へと至る強制的な国家協力への苦い思いと相似形をなしていると言えるのではないでしょうか。

それでも、その沖縄戦において、本書では特に触れられてはいませんが、そのようにして海外から日本を見る機会を持った移民が、日本軍の指導に疑問を持ち、沖縄県民の命を救う場面もあったという事、それは日本内部から見れば「非国民」的言動であったことを考えると、移民経験が中立的な価値観をもたらしたという側面にも思い当たります。
本書でも、沖縄県民は「移民に向いた県民性」を持っているとして、「外に出る事にあまり躊躇しないというか、交易時代から培ってきた国際性みたいなものがうまく生かされている」と語られているように、しだいに移民先の各地域に順応して成功を収め、そしてその移民が沖縄にもたらした直接の利益として、戦前の沖縄への海外移民からの送金額が、県の全歳入の3、4割に達する年が多くあり、1929年には66.4%も占めるという事もあるようです。また戦後復興においても経済的に大きな力となったということです。そして、そのような成功を収めた要因のひとつとして、伝統的な地域社会のコミュニティ構造が、移民先で生かされたことが挙げられています。

本書の刊行された大きな目的として、今年11月に開催される「世界のウチナーンチュ大会」及び、「WUB(ワールドワイド ウチナーンチュビジネスアソシエイション)」のための資料として活用されることを期待する、という側面があるのですが、これまでの移民の経験を辿り、その大会の盛り上がりを見る時、そこに志向されているのは、国家という枠組みを越えた新たな“琉球社会”の創造、ということなのだろうと思いますし、それは歴史的に見ても当然の欲求なのだろうと思います。
そういう性質上、仕方ない事とはいえ、本書で紹介される移民の姿が、経済的な成功例に傾き過ぎているように思われるのは、少し気になる所でもあります。小さな島に閉じ込められることから逃れ、広い世界的な思考を手に入れる、ということは素晴らしい事ですが、それが “島を忘却”することに繋がる可能性も、共に懸念されるべきではないでしょうか。

そしてまた、国際的な視点を考える時、本書で移民を受け入れる側の視点が欠けている事も少し残念な点であります。移民の初期には「受け入れ側のラテンアメリカ諸国は19世紀後半に奴隷制度が廃止されて、底辺の過酷な労働に従事する労働力を国外まで求めていた」という背景があったようですが、その後各国で移民社会が力を付けるにあたって、彼らが「日本の沖縄県民」として見られたのか、「日本に従属させられる沖縄人」として見られたのか、また本書でも少し触れられている通り、戦後アメリカを後ろ盾とした経済復興を遂げた日本に、ラテンアメリカ諸国からの「出稼ぎ移民」が増加し、そこには多くの沖縄出身者の子孫を含む日系人が含まれているという現実、これら全てを論じるには本書は余りに枚数が足りないのでしょうから、そういった議論がぜひ「世界のウチナーンチュ大会」で積み重なられて行くことを期待したいと思います。

それにしても本書を読んで一番引っ掛かるのはこの「ウチナーンチュ」とはどういう条件の元の呼称なのか、ということです。それは近代史の体験の重みの上に、他者の側からは触れ難い性質を持つものでもあるからです。
それと共に、本書で触れられた南米移民も5世まで世代が下り、この先ずっと血が薄まっていくとやがて「ウチナーンチュ」でなくなる時が来るのかという疑問がありますし、現在の沖縄に県外出身者がかなりの数移住し、県内で誕生しているその子孫は果たして「ウチナーンチュ」なのか、ということも問われて来ると思います。
そしてここではむしろ、「ウチナーンチュ」というものを生まれ持った既得権ではなく、そうなろうとする事で成って行くもの、と捉えるのがいいような気がするのです。それは、本書で紹介される生まれた島を離れた移民たちが、「ウチナーンチュ」でありつづけるために自発的に文化活動やコミュニティ作りをしてきた体験にも通じていると思います。
そのような、これまでの海外の“ウチナーンチュの生き方を探る”と共に、その体験を元にこれからの「ウチナーンチュ」としての生き方を探っていこう、という思いが本書には込められているのだと感じます。

(海津研)
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