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書評『米軍基地の現場から』

書評『米軍基地の現場から』

米軍基地の現場から

【著者】
沖縄タイムス社、神奈川新聞社、長崎新聞社=合同企画「安保改定50年」取材班 著
●46判 240頁
●2011年2月4日発行
●本体価格1700円

第16回平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞受賞
第15回新聞労連ジャーナリスト大賞優秀賞受賞

本書は在日米軍基地が置かれた沖縄、長崎、神奈川の地方紙3紙(沖縄タイムス、長崎新聞、神奈川新聞)の連携により実現した連載記事「安保改定50年 米軍基地の現場から」をまとめたものである。題材はもとより、そもそも地方紙がこのような連携を試みること自体が異例である。その動機には、基地問題をローカルな問題、地域エゴなどの視点として矮小化させ、常に全国的な課題として捉えない国民世論とそれを形成する大手メディアに対する危機感と、地方紙としてそれに対処してこなかった反省がある。

一読、この連携はなるほど功を奏したといえる。沖縄の基地問題についての報道は毎日嫌でも目にする私であっても、米海軍横須賀基地での原子力空母ジョージ・ワシントン上で繰り広げられる、日米共同統合演習に韓国軍がオブザーバー参加したときのレポートを読めば、三国の軍事強化が進んでいることを生々しく知ることになる。また、同じ基地の町でも、被爆地である長崎市と寒村から軍都に急成長し基地と共存してきた佐世保市とでは、平和観が大きく異なることなども初めて知らされた。

要するに、戦後の日米軍事同盟の現場を地方紙の視点で伝え合うことにより、それらがいかに米軍の戦略の元に統合されているかがよく分かるということだ。それは裏を返せば、そのように重要な情報・視点が、これまでわれわれに与えられてこなかったということであり、むしろそのことにいっそう驚かねばならない。地方紙の連携によりもたらされた俯瞰の視点は、そもそも全国紙のお家芸ではないのか。

俯瞰のポジションが与えられた私は、同時に新たな危機を見出す。それは米軍基地の実体、日米軍事同盟の深化が明瞭になったという本書の読後感に起因する。その明瞭な感覚に対する違和感があるのだ。私はこの連載を沖縄タイムス紙面で既に読んでいた。その掲載次期は2010年1月から6月までである。それは、辺野古回帰・日米合意に帰着する、あの鳩山民主党の「迷走劇」とまさに重なる。私を含め沖縄県民の多くは、あの恐ろしい渦中で、日常を送り、その報道を目にし、「怒」を吐き出し、それと同時にこの連載を読んでいたことになる。

つまり、私のなかでは、あの現場とこの連載は、ある面では切り離しがたく、別の面ではそれぞれが独立したような、混乱と矛盾に満ちた一塊としてあるのだった。であるから、この連載とそのときの感情は私の意志に関わりなく渾然一体と化しているのだ。だからこそ、改めて一冊の単行本として俯瞰のポジションから読むときのダイレクトな印象と齟齬があるのだろう。

私はこの連載が単行本化されることによって、三紙の地方のみならず全国で広く読まれることの意義を強く感じ、出版社に感謝する。「米軍基地の現場」を詳細に伝えることができるからだ。同時に、俯瞰のポジションからそれを学んでそこで終わってしまう一過性を危惧する、というよりそれを赦せない。そこに沖縄の人々の「怒」が省みられることがないからだ。

本書の「はじめに」で、神奈川新聞社の中村卓司氏は3つの地域が押しつけられてきた「同根の痛み」を強調し、「あとがき」で長崎新聞社の森永玲氏は、3紙がそれぞれ地元に関する実感や考察はあってもよそのことは知らなかったことを企画の動機として挙げている。一方、本書のために書き下ろされた補章において、沖縄タイムスの屋良朝博氏は、在沖海兵隊の沖縄駐留に軍事的根拠がないことをいつものようにクールに論評するが、その結語として、沖縄県民が「差別」を意識しはじめたことを重石を置くように記している。この対比を認識することこそ本書の意義であろう。

(西脇尚人)
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