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鳩山「方便」発言の影に岡留さん さらに社説問題

そうだ、岡留さんに

4日にお送りした「ナマ(今)とぅびぃん! オルタナ・クール」第7回のOAMダイアログ「そうだ、岡留さんに聞いてみよう」は、元「噂の真相」編集長岡留安則さんをゲストにお招きした。鳩山「方便」発言をとっかかりに、米国・官僚・メディアの三位一体の構造、民主党菅政権への幻滅、新しいネットメディアの可能性など興味深い内容に話は尽きなかった。ぜひ、多くの人に視聴していただきたい。

そうだ、岡留さんに聞いてみよう

鳩山「方便」発言については、前回の放送「ナマタイムス・ナマ新報」(2月18日)で既にとりあげた。ここで私が特にいいたかったことは、沖縄タイムス、琉球新報二紙の報道姿勢の変化についてであった。号外のような一面見出しの琉球新報、それに比べれば若干おとなしいトーンであるものの沖縄タイムスも同じく、このインタビューを大きく扱った。両紙ともに共通するその論調は、一国の首相にしてはあまりにも軽々しいその発言への怒りであった。特に琉球新報は社説において、《政治音痴の素人首相 政治不信と混迷を増幅》と題し、極めて厳しい言葉で鳩山氏個人を断罪した。
「抑止力」は方便/政治音痴の素人首相 政治不信と混迷を増幅」(琉球新報2月14日付)

だがその論調はその後変化した。琉球新報は松元剛・琉球新報政治部長の筆による《【特別評論「方便」発言が問うもの】検証すべきは「抑止力」 政局の陰で埋没する核心》を一面に掲載した。松元氏は「方便」発言が《本質からずれる形で広がっている》ことを危惧することが特別評論を書く動機であることを冒頭に記した上で、《国会での論戦や在京大手メディアの報じ方の大勢は、失言、放言の類いとみなし、鳩山氏個人の資質問題に矮小(わいしょう)化しているように映る。民主党内の抗争と絡め、またしても普天間問題が「政争の具」と化した。》と《在京大手メディアの報じ方》に疑問を呈している。そしてその本質を次のように指摘する。

鳩山証言が照らし出した核心は(1)沖縄に新たな海兵隊航空基地を押し付ける論拠にした「抑止力」は虚構(2)公約に掲げた「県外移設」実現を目指したが、自らの戦略、指導力の弱さを突かれ、対米追従を断ち切れない閣僚と官僚支配の軍門に下った構図(3)沖縄に基地を押し付ける差別的構造の温存―であろう。
(琉球新報2月18日付)


同じく沖縄タイムスの黒島美奈子記者は17日付《視点 鳩山発言の波紋 「抑止力の検証こそ必要》で次にように記している。

国会や大手紙をはじめとするメディアが問題にしているのは鳩山氏の発言内容ではなく、「国会会期中に菅政権の足を引っ張る発言」や「沖縄を説得できない力量の無さ」に終始している。


そして根本的な問題は「抑止力」の有無、安全保障政策の見直しを拒む「国家体制」にあると指摘する。新報と同じ論調であり、かつその本質論は両記事とも極めて的を射ている。

つまり、新報、タイムス共に当初、同じように鳩山氏個人へ厳しい批判を下し、次に、また同じように論調を変え、「方便」発言を政局の具にしようとやっきになる大手メディアに疑義を呈し、その本質を指摘している。まるで示し合わせたかのように。

以上のことを両紙面を紹介しながら解説した。興味のある方は「過去のライブ」でチェックしていただきたい。
ナマタイムス・ナマ新報 鳩山方便発言について

4日の放送では、私は改めてこの経緯を概説し、岡留さんに意見を求めた。これに対し、岡留さんは冒頭から驚くべき暴露話を提供してくれた。まず始めに、このインタビュー企画は琉球新報、沖縄タイムス、共同通信三社の合同企画という画期的な試みであったことを確認した上で、「たまたまその打ち合わせの場に居合わせた」岡留さんは、「基地問題を検証するのであれば、『絶対鳩山さんを落とせ(聞き出せ)』と空気を入れた(アドバイスをした)」という。その結果、鳩山氏は案の定正直に本音を語った。それが「方便」発言に他ならない。つまり、もしかしたら日本の政治史に残るかもしれないこの発言を引き出すことに成功した、その仕掛け人ともいえるのが岡留安則さんその人だということになる。

さらに驚くべき事実を岡留さんは語る。社説は共同通信がモデルケースをつくり、それを元に掲載されることがあるという。そういわれると、私が解説した両紙の論調の変化が理解できる。当初の鳩山氏個人への厳しい批判は共同通信のモデルケースによるものであった可能性が高い。それに対し、あるいはそれに応じるように政局の具にしようとする大手メディアの意図的論点ずらしに危機感を持った両紙は、慌てて本質論を展開したというのが、裏の背景としてあったのではないか。

このことはあるいは業界では常識なのかもしれない。しかし、一般読者からすれば、社説とは文字通りその会社の主張、会社の看板のようなものであると理解されているはず。それを他者がモデルをつくったものを、自社の「説」として掲載しているなどというのは、私などは正直いって騙されたような感覚を持たざるを得ない。

OAMの「沖縄オルタナティブメディア宣言」は、まず第一に、メジャーメディアに対してオルタナティブであると宣言する。この視点は今更いうまでもないが、「沖縄問題」をスルーし続けるメジャーメディアの問題というのが、そもそもOAMを立ち上げた第一の動機づけであった。しかし、その動機が第一だけであるならば、既に琉球新報・沖縄タイムスを始めとする沖縄メディアがその役割を果たしているわけで、そこに新たなメディアを立ち上げる意義は薄い。

そこで問題にしたいのが「宣言」の第二である。

第二に、沖縄メディアに対してオルタナティブである。沖縄メディアはその「沖縄問題」を地元紙として先鋭的に報道するのが役割である。この役割は沖縄のみならず日本全体にとって重要であるといえる。沖縄オルタナティブメディアはその実績をリスペクトする。と同時に、そうであるがゆえにそれらに対し批判的(お互いを高めるために吟味する)であるべきである。


改めて述べるが、今回の鳩山「方便」発言で私が注目したのは、沖縄地元二紙の報道姿勢とその変化についてであった。そしてその解答を岡留さんが計らずも提供してくれた。そこには一般記事のみならず社説をも共同通信からモデルケースとして提供されるという「裏」のシステムが存在し、今回それが沖縄二紙にとっては想定外の結果をもたらす結果となったということらしい。

このような指摘は私の知る限りない。そもそもそれを問題にする感覚自体どれほど存在するのかすら怪しい。だからこそ、それに対するオルタナティブは必要である。もちろんそれは単なる揚げ足取りをしたいがためにするわけではない。批判のない、自浄作用のないメディアは早晩崩壊するがゆえにそうする。

今回《政治音痴の素人首相》とまで個人批判をしたのは琉球新報である。その後の特別評論で《国会での論戦や在京大手メディアの報じ方の大勢は、失言、放言の類いとみなし、鳩山氏個人の資質問題に矮小(わいしょう)化しているように映る》とあるが、そもそも新報は鳩山氏個人の資質問題にしなかったか。それが共同通信にモデルがあったとしても、つまり大手メディアの報じ方であったとしても、読者はそんなことは知ったことでない。あくまで琉球新報の社説として読んでいるのだから。

以上まとめてみよう。今回の三社合同企画は画期的な試みである。その結果、「沖縄問題」を根本的に問い直す機会となるべき鳩山氏の発言を引き出すことに成功した。その裏には岡留安則さんのアドバイスがあった。

これを受け大手メディアは鳩山氏個人の問題に矮小化し、政局の具にすることにやっきとなった。これに危機感を持った沖縄二紙は改めて本質論を展開した。私はその論旨を極めて的確であり、以後も続けるべきであると思う。

しかしながら、その過程で、社説に共同通信がモデルケースを提供し、場合に応じてそれが使われることがあり、今回のケースでは、当初両紙が展開した鳩山氏への個人批判の論調がそれであることが岡留さんの解説で判明した。恐らく両紙の社内ではその論調をおかしいと判断し、改めてことの本質を問う論理展開に軌道修正した。

鳩山「方便」発言の本質を問う作業は沖縄メディアの真骨頂として大いにやるべきであり、その姿勢を私は大いに尊敬する。同時に、別の問題として、社説に自社以外の「説」を取り入れること自体には疑問を感じる。それはもはや社説ではない。百歩譲って、もしそれを採用しなければならないなんらかの事情があるならば、せめて署名を入れるべきである。来るべき三社合同企画の本格的始動に期待する者として意見を述べる。という私の批判も岡留さんの「仕掛け」だったりして(笑)。

(西脇尚人)
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