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書評『こんな沖縄に誰がした』

書評 『こんな沖縄に誰がした
 普天間移設問題──最善・最短の解決策』


書評「こんな沖縄に誰がした」


大田昌秀(著) 同時代社 (2010/11出版)
B6判・並製・293頁 1,900円


私には、沖縄を訪れた経験がない。沖縄のことは、言葉を通じて知っているだけである。もろもろのニュースを読んだり、oamメンバーなど友人の声に耳を傾けることしかできない。

最近、鳩山由紀夫前総理が、「抑止力」は「方便」だったと沖縄の新聞に語って各方面に衝撃を与えた。その発言を、否定的に評価する人も、肯定的に評価する人もいるが、私は、鳩山由紀夫の弁明とは違って、辺野古移設が「真理」だとは思わない。

元沖縄県知事である著者のこの本を読みながら、私は、或る本のことを思い出していた。それは、一九九六年に出版された、都留重人『日米安保解消への道』(岩波新書)である。沖縄が、アメリカ軍基地負担が過重なのは誰もが知っている。そして、その根本には、日米安全保障条約がある。沖縄問題を考えるならば日米安保に突き当たり、更には、日本国憲法(九条の平和主義)と日米安全保障条約のいずれが優越するのかという問いに突き当たらざるを得ない。

沖縄の異常な状況は、「戦後日本」、つまり、大日本帝国から民主国家日本国として再出発した日本の欺瞞性が集約されているところからくる。日本国憲法には、アメリカの進歩的知識人の夢や理想が書き込まれていた。しかし、その後のアメリカの国策転換=反共主義により、自衛隊が作られアメリカ軍基地が置かれる。半ば恒久的とも思える外国軍の基地駐留は、日本国のアメリカ合衆国への従属(政治的、軍事的な)を示すものである。

沖縄は、アメリカから日本に「返還」されてからも、日米両政府の思惑により、軍事的に利用され続けてきている。勿論そのことに沖縄の住人は否を言っている。だが、大田が言及するフィリピンで起きたような国民規模の運動が起きなければ、そして、志がある政治家が指導しなければ、日本国が対米追従を止め、沖縄に過重負担を強いることを止めることはできない。左右の別を越えて安全保障について真剣に考えることが必要である。

北朝鮮脅威論や抑止力論に基づく沖縄の基地容認論は、誰かの犠牲のうえに平和を享受できるという思想である。それがいわゆる世の「大人」達が言うところの「現実政治」なるものの内実である。しかし、他者を踏み躙って平和を享受することなど許されるのか、この本を読んでもう一度考えてみるべきだろう。

(攝津正 2011/02/26)

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