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火まつりで年を越す 沖縄県糸満市平和祈念堂

火まつりで年を越す 沖縄県糸満市平和祈念堂 2007/01/04

今回で29回目を迎える年越し行事「摩文仁・火と鐘のまつり」が沖縄県糸満市の平和祈念堂で開催され、約700名の参加者が沖縄戦戦没者の冥福と恒久平和を祈った。

 平均気温が20度前後とここ数日の沖縄は暖冬が続く。この日も比較的すごし易い一日だったが、曇り空から時よりしとしとと雨が降る生憎の天気。午後11時過ぎに会場につくと、セレモニーがちょうど行われようとしているタイミングだった。高さ45m上の平和祈念堂から祈りを込めた炎がロープをつたい、堂正面下段の小聖火台へ流れ下りた。

 用意された500本のたいまつを渡された参加者はそこで火を灯し次々と階段を登る。そして祈念堂隣の広場中央に設置された大聖火台を囲むように炎が集う。その様は幽玄で厳かな蛍の舞とでもいえようか。暗闇でたいまつを手にしたひとりびとりは、あたかもその個性、世俗性を剥奪された1個の霊のように私の目には映った。もちろん私もその中の1人だ。

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たいまつを手にした人の環が聖火台を取り囲み、カウントダウンが始まる。

 原始以来、火というものの前で人間は様々なことを思い巡らせてきたのではないか。火は人を神妙にさせる。その火が最も効果を発揮するのが暗闇にほかならない。これでもかといわんばかりに夜を人工的に明るく灯す現代人の都会生活は、その大切な機会を著しく損ねている。もちろんそれを作り出しているのは、限りのある化石燃料だ。

 いよいよカウントダウンの瞬間。「平和の鐘」が打ち鳴らされ、7人の代表者が大聖火台に火を灯した。参加者は隣り合わせた相手に向かって「あけましておめでとうございます」と新年の挨拶をする。「Happy New Year!」と大きな声で叫んだのは恐らく米軍関係の家族だろう。

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老若男女、人種の区別なく平和を祈った。

 平和祈念堂のある平和記念公園は沖縄戦終焉の地・摩文仁(まぶに)に位置する。ここで毎年6月23日「慰霊の日」に行われるのが、約23万人の命を奪った沖縄戦での霊を慰める「沖縄全戦没者追悼式」だ。沖縄平和祈念堂は、県民のみならず全国民の平和願望、戦没者追悼の象徴として、1978(昭和53)年10月に建設された。

 堂内には、沖縄県下の各町村及び学童による募金活動の支援を受けて、沖縄が生んだ芸術家山田真山氏が18年余の歳月をかけて原型を制作した沖縄平和祈念像が安置されている。

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平和記念像の前で祈る参列者。

 たいまつの火を消し終え、堂内の記念像に手を合わせ祈ってみた。米軍再編というグローバルな問題が極めてローカルな問題として現象する沖縄でのこの1年を思い巡らせずにはいられない。祈るというと個人的な願いなどを思い浮かべる人もいるだろうが、ここで生活するとは、米軍再編という大きな事象がそのまま「個人的」なのだ。それは色の変化を確認でき、匂いを嗅ぐことができ、爆音に悩まされ、皮膚感覚が刺激され、味覚を麻痺させる。

 私は祈るというより、それらを自分の中からじわじわと炙り出した。この慰霊の地で、そしてそこに環をなすように集まったひとたちと共有するというかけがえのないこのときに。

(西脇尚人)

     ◇

特集:世界中から A Happy New Year!!2007

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