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書評『誰が日本を支配するのか!?沖縄と国家統合』

書評『誰が日本を支配するのか!?沖縄と国家統合』

再々画像「誰が日本を」


佐藤優、魚住昭(編著) マガジンハウス (2010/08出版)
B6判・並製・238頁 1,400円

かなり控えめにいって、奇妙な本である。奇妙なのは、まずその構成にある。本書は第1章から4章までで構成されている(章立てはローマ数字だがWebでは機種依存文字に当るため修正した)。1章は沖縄在住のフリーライター渡瀬夏彦による〈「普天間問題」の本質とは何か〉、2章は魚住昭との責任編集者である佐藤優が渡瀬の文章を読んでのレスポンス〈渡瀬夏彦氏への手紙〉とさらにそれに対する渡瀬から佐藤への〈返信〉、3章は元外務官僚の東郷和彦による〈密約問題と普天間問題〉、そして4章は労働組合運動の理論家四茂野修による〈ホロウェイで読み解く鳩山首相辞任と辺野古基地問題〉。1章と2章の間で往還がなされ、他方で3,4章は単独的であることが、構成上居心地が悪い。

以下、短い書評という体裁の範囲で、その居心地の悪さを吟味してみる。断っておくが、私は本書を低く評価しているのではない。その居心地の悪さが、本書の魅力になっているといえなくもないからだ。同時にそこが腹立たしくもあるのだが。

居心地が悪いのは、1,2章の往還運動が対となっているにもかかわらず、3,4章が単独的であるからだとひとまずいってみる。だが、それだけではないようだ。〈左〉から〈右〉までの言論誌を席巻する佐藤優の「責任編集」からすれば、左(革新)に渡瀬、四茂野、右(保守)に佐藤、東郷というバランスが気配りされているという乱暴な見方が一応はできてしまい(もちろん〈左〉などと位置づけられた渡瀬はいい迷惑だろうが)、その意味では構成に瑕疵はないともいえる。

それでも居心地の悪さは拭えない。それはもっと表面的(表象的)な事柄に属することかもしれない。たとえば、タイトルの〈誰が日本を支配するのか!?〉という挑発的(あるいはかなり陳腐な)なタイトルと〈沖縄と国家統合〉というサブタイトルのカップリングはどのような相関関係があると編集者はいおうとしているのか?「日本を支配しているのはアメリカとそれに追従している官僚機構である」と、すらりと答えてしまいたい誘惑にかられるが、「元」官僚・佐藤優がそのように紋切り型の答えを許すわけがない。

〈沖縄〉と〈国家統合〉はなにが主語でなにが目的語なのか?〈沖縄〉は〈国家〉に〈統合〉されている、されていない、あるいはされるべき、いずれをほのめかしているのか、そうでないのか。あるいは両者は注意深く切り離されているのか。

以上の問いは、本書を読み終えても判然としない。であるにもかかわらず、個々の文章はそれぞれに興味深い。たとえば、佐藤優は、「鳩山迷走劇」の末に普天間基地「移設」先が辺野古へ回帰した日米合意の合意文書(2010年5月28日)、その正文について、通例では合意国双方の国語で二通りが作成されることになっているのに、英語版のみが作られ日本語版が作成されなかった点に注目し、《日本語の正文を作ることにより、外務官僚が「自由に」(要するに恣意的に)この外交文書を扱えなくなることを嫌ったこと》がその主たる理由であると指摘している。さすがに鋭い視点である。さらに佐藤は《外務官僚の頭の中では、未だ日本は米国の占領下に置かれています》と「外務省批判」をしている。

その佐藤に対する評価と同時に根本的な疑義を率直に綴る渡瀬の〈返信〉も紹介するべきだし、東郷の外務官僚の「いいわけ」には、沖縄に住む者として適切に批判しなくてはならないし、四茂野の興味深いホロウェイの引用からみる沖縄についても吟味が必要である。だが、ここは紙数が足りない。

いや、それよりも、「佐藤優と沖縄」について、可能な限りの批判をすることがやはり必要なのだ。なぜならば、沖縄で表立ってそれをしている者を私は知らないから。これからその準備を始めたい。

(西脇尚人)
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