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『沖縄戦の真実と歪曲』

書評 『沖縄戦の真実と歪曲』

『沖縄戦の真実と歪曲』


著者:大城将保
出版社:高文研
定価:1800円+税


 2008年度の高校歴史教科書から沖縄戦の「集団自決」(強制集団死)において日本軍の関与が削除された教科書検定問題。その検定撤回を求めて開催された沖縄での県民大会が11万人を超す集会になったことで、このニュースを本土メジャーメディアはこぞって一面で取り上げた。そのことに沖縄で生活し、沖縄地元メディアに日常的に接している私は「今頃になって……」という脱力感と、「さすがに今回は大きく取り上げざるを得なかったか」という客観的な感想を相半ばして持った。

 この歴史の歪曲に対し、地元メディアは3月ころから連日に渡ってキャンペーンを展開した。それが読者からの反響を呼び、その声が反映された新たな記事が生まれ掲載された。市民団体が勉強会、集会を何度も開催し、会場を埋める参加者の熱気をメディアはさらに伝えた。沖縄人ではない私は、この問題が沖縄人の記憶に刻まれた肉感的な問題であることを改めて認識させられた。日本の多くの読者が本書を読んでいれば、今頃私は脱力感に苛まれなかっただろう。

 第Ⅰ部では教科書検定はなぜ「集団自決」記述を歪めるのかが、単に今回の検定だけが問題なのではなく、これまでの背景が重要なことを分かり易く解説している。82年の家永裁判では、「自決」という言葉がそもそも日本軍の非人間的な行為を和らげようとする政治的意図から使われた。それに対し今回は「自決」自体を無きものにしようとしている。

 著者は沖縄平和ネットワークという市民団体でこれまで平和学習をしてきたが、その経験から導き出された視点、つまり「住民虐殺」や「集団自決」が日本の平和教育の根本的な問題と深く関わっているとの議論の展開が新鮮だ。その説によれば、戦争体験を科学的な歴史認識として継承するためには、被害体験、加害体験、抵抗体験の3つがあるべきだが、日本のそれは常に被害体験ばかりであった。それを補うのが沖縄戦であるとしている。

 いうまでもなく軍隊が住民を守らなかった沖縄戦での日本軍の行為を加害体験として挙げられる。(その中に沖縄人もいた)。その日本軍によりスパイ視され「玉砕」を強いられながらも、それを聴かず米軍に投降するという行為に抵抗体験を見る視点にはなるほどと頷ける。加害に対し粘り強く抵抗する行動力が積極的価値として掲げられているのだ。恐らくその抵抗経験は現在までの基地問題においても生かされていることだろう。

 第Ⅱ部では、スパイ狩り、方言撲滅運動、風俗改良、改姓運動などの差別政策、知念、久米島などの住民虐殺事件の生々しい詳細が描かれる。前の中国戦線での間諜活動からの反省から、日本軍が沖縄人を容赦なくスパイ視していった過程も興味深い。

  (西脇尚人 2007/11/17)

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