twitter @oam0

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

公害問題と対峙した宇井純さんを悼む

公害問題と対峙した宇井純さんを悼む 2006/11/16

水俣病などの公害問題に科学者の立場から立ち向かい、その後の日本の環境運動に大きな影響を与えた宇井純さん(沖縄大学名誉教授)が11日午前3時34分、胸部大動脈りゅう破裂のため東京都港区の東京慈恵会医大病院で死去した。74歳。宇井純さんのプロフィールについては、フリー百科事典ウィキペディアを参照してほしい(注1)。

 「沖縄大学学園祭でシンポジウムを企画している。基調講演として宇井純さんをお呼びしたいと思っています。(都合によっては宇井先生はお越しいただけないかもしれません)」というメールを私が受け取ったのは、10月31日のことだ。送り主は沖縄大学の学生で「沖大は私が変える実行委員会」の横山正見さん。

 前日の突然の訃報に同実行委員会は12日(日)シンポジウム「今、沖大を語る」の中で、宇井純さんの生前の映像「246回沖縄土曜教養講座 沖縄の目下の環境問題(1994年7月9日より抜粋)」を上映し、偉大な師を追悼した。

photo47.jpg
スクリーンに映し出される生前の宇井さん

 「直接お目にかかったわけではないが、著作などを通して学んだことは、自主講座であり、市民と生活感覚で対等な関係を築き、主体的に学ぶことの重要性でした」と、シンポジウムの冒頭の挨拶で横山さんは語った。

 桜井国俊・沖縄大学学長は64年に新設された東大工学部都市工学科の一期生として宇井さんに厳しく鍛えられた10人のうちの1人。「宇井先生は御用学者の多い東大の中で、万年助手として昇進の道を閉ざされた。いかに東大が退廃しているかを至近距離から見てきた」と当時を回想した。

photo46.jpg
宇井さんの思い出を語る桜井国俊沖縄大学学長

 89年に沖縄大学に入学し、宇井さんの下で学んだ後藤哲志さん(現・沖縄大学職員)は「お上意識を常に批判し、一人一人が市民になっていくことの重要性を説いていた」と静かに語った。

 終了後、横山さんに改めて今回のシンポジウムの意義を尋ねた。そこには面識のない宇井純さんからのエールをしっかりと受け止めようとする若者の率直な反応が語られている。

 「宇井先生の訃報を聞いたその夜、宇井先生の考えをもっと知りたくて、頂いた手紙や著書をじっくり読みました。何度も何度も読んでいるうちに、先生の若者向けの著書『君よ歩いて考えろ』(ポプラ社)の後書きの一文に目がとまりました。

 『今分かっていることは、どうも、生き方の選択しか解決はないらしいという事実である。技術的対策やその進歩は、本質的なものではなく解熱剤や鎮痛剤のたぐいである』

 「『生き方の選択』これこそ宇井先生が僕らに伝えている物事の本質なのだ、と思いました。そのためには現場に出かけて人に出会って考える必要があるのだろう。上映したビデオの中で語られていた客観性やデータや科学に偏重している学者への痛烈な批判が分かる気がしました。そして僕らが受け継ぐべく宇井先生の遺志はここにあると思いました」

 当日のシンポジウムを進行する横山さんをはじめ、委員会メンバーの働きは目配りが行き届き、はつらつとしていた。驚くべき実力を見せつけられた気がする。そこへさらに、宇井純さんの撒いた種が芽吹くとき、沖縄大学は変わる。改めて宇井純さんのご冥福をお祈りする。

(注1)
宇井純
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BA%95%E7%B4%94

(西脇尚人)

サイト内検索
カテゴリ
お問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。