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「首相沖縄来訪」の報道について

OAMをご覧の皆様、こんにちは。
「日本海の傍から」2回目です。

本当は、最初にお伝えした通り 「新潟日報」の
県知事選の報道をお伝えする予定だったのですが、
「首相沖縄来訪」の報道が余りに大きく取り上げられているため、
変更することにしました。

……勝手にすみません。
このテーゲーさ(大概さ)も「日本海の傍から」の一面なのだと、ご容赦を下さい。

何しろ、ご覧の通り18日の一面トップです。
(画像は全て、クリックして頂くと拡大表示されます)

18日1面

18日2面には「かみ合わず 天仰ぐ知事」とシュプレヒコールが県庁の中に届き、
仲井真知事が首相との全く通じ合わない会話の中で、
眼を閉じたことまで書いてあります。名護・稲嶺市長の談話も載っています。

18日2面2

更には19日の3面は、写真からしてこうです。

19日3面

「これ、琉球新報?沖縄タイムス?」の世界。
首相が<沖縄訪問「大きな一歩」>と言ったことより、
「空き缶」の写真と「基地問題”解”見えず」の見出しの方が遥かに目立ちます。

19日社説も「首相沖縄訪問」です。
タイトルは「県民の思いどう聞いたか」となっています。

19日社説

<溝は深い。関係改善は難事業に違いない>とあります。
次は、更に痛烈です。
<首相は「沖縄県民に私の思いを伝えたい」と述べたが、これを独り善がりという>

ただ、ここから少しずつ論調が変わってきます。

<普天間の固定化だけは避けねばならない。
どう解決しうるかの道筋づくりを急ぎたい。
そのためには日米合意の見直しを視野に入れながら、
米国と真摯に話し合っていく態度が要る>と続き、
最後のまとめは
<(前略)在日米軍の重みが朝鮮半島の緊張などで増している。
だが、沖縄の犠牲が(日米同盟の)深化であってはいけない。
(中略)口先や小手先では沖縄は動かない。
政府は基地問題の原点に返り、政権の存立を懸ける覚悟で臨むことだ。>

「沖縄の犠牲が(日米同盟の)深化であってはいけない」とありながらも、
「口先や小手先では沖縄は動かない」とは、
「沖縄がどう動くか」しか考えていない態度が見えます。

「自らがどう動けばいいか」ということは全く書かれていません。
完全に受身の態度で静観しています。

「基地問題の原点」それは何か。
それがはっきりと社説に書かれていないことが、
「安保の見える丘」からイラク戦争へと向かう戦闘機を見たことを
生涯忘れることが出来ないであろう、担当者には残念です。

そして18日、2面の見出しが
「手詰まり感」露呈 地元との関係改善 遠く
18日2面1
となっているのも、実は「本当にヘン」です。


民間人を含め、その国籍を問わず多くの方が亡くなられた、
日本唯一の地上戦となった沖縄戦。

そして、ここで改めて言うまでもなく、
1972年、沖縄が本土復帰した際に日米両政府の間に密約にあったことも、
国会で既に明らかになっています。
更にはその密約をめぐり、
自ら命を絶った方がおられることも報道されています。

米軍機の墜落によって亡くなられた方が沖縄にはいます。
そして、同じ沖縄から飛び立って行った兵器によって
イラクを始め、世界のあらゆる場所で多くの人が亡くなりました。

更には、戦争へと向かう荒みきった人の心ゆえに、
沖縄で起こった事件の数は枚挙に暇がありません。

つまり、在沖米軍の現状とは
「人のいのちを疎かにして」成り立ってきたものなのです。

更には、その在沖米軍を支えているものは何か。
「思いやり予算」なる、私たちが一生懸命働いて、
それこそ『いのちをかけて』働いて払っているお金――すなわち「税金」です。

そんな現状が、今も人が生きている場所で、更には、これからも生きていく場所で、
今後、成り立っていくわけなどないのです。
その現状を改めること以外に、「関係改善」という道は生まれません。

余りにも当たり前すぎて文にすること自体、恥ずかしいのですが。
「今現在、生きている人」同士の関係が良くなるか、悪くなるかなのです。

なのに、人のいのちを疎かにして成り立ってきたものを、
更には今現在も、人のいのちを多く失いながら成り立っているものを、
「なくす」のではなく「新たに造る」話をしていては、
その関係は、どうやったって良くなりはしません。
それ以上に、最早「話が成り立ちません」。

これまた余りにも当たり前過ぎて、こんなことを書くと笑われそうですが、
絶対に間違いがないことなので一応、書いておきます。
「人はお金を一円も使わずとも、時満ちて、もれなく死ぬことが出来ます」
時として、若くして病で生命を落とす人もいる。

そんな時に、人が生き、助け合うためにお金は存在しています。
人が死ぬためのお金は一円たりともないはずです。
なのに、沖縄にいると「実はそうでない」ことがはっきりと解ります。
当たり前のことが当たり前でなくなる場所、それが沖縄なのです。

仲井真県知事が「天を仰いだ」のは、
その事実を「毎日その眼で見せつけられている」からです。
すなわち、そうする以外になかったから、という解釈しか出来ません。

つまり、日本政府が沖縄に要求していることは、話の成り立たない話。
「沖縄で生きている人が、更には沖縄と結びつきを持つ人が、
(その国籍を問わず)死のうがどうなろうが別に構わない」
というところから、話が始まっているのです。

更には「日本という国に税金を払う人は、人が死ぬためにお金を使うことを認める」
というところから、話が始まっているのです。

それを抜きにして「関係改善への道が遠い」とだけ書いたところで、
読む人は理解のしようがありません。
そして、それをしっかりとメディアが指摘しない限り、
「自らがどう動けばいいか」という発想は出てきません。
「自身が払ったお金が人を殺している」ということを知らされれば、
ワジラナイ(怒らない)人は一人もいません。

更には、18日1面トップの見出しが
仲井真知事の「県内は全てバッドだ」ではなく、
菅首相の「辺野古案ベター」となっている点にも疑問が募ります。

「県民の思いどう聞いたか」と社説を書く新聞社ならば、
「県民の思い」をこそ先ず一面トップに掲げなければおかしいと思うのです。

「日本人は平和ボケをしている」と良く聞きます。
しっかりと書かねばならぬ点を曖昧にぼかすことで、
現実を見据えることから逃げているように感じられます。

沖縄という地で生きる人が、
更には沖縄から飛び立つ戦闘機と軍艦を見る、
今、世界のどこかで生きている人が、日々対峙せねばならない、
その事実に「眼を向けることが出来ない」でいる。

日米同盟と呼ばれるシステムそのものが、
「沖縄を発射台として、世界中で(もちろん日米双方を含みます)
人を死に至らしめている、しかも戦争によって」という事実を指摘していない。

沖縄の人は、それを一々説明する必要を感じないほどに、
日々、そのことをその眼で見ています。知っています。

本来ならば「溝」や「関係」という言葉では表現しきれないことのはずです。

それこそが、実は社説が書く
「溝は深い」の「溝」を創っている原因でなのではないか。

「溝は深い」と書く人が、その溝を深めている……
そんなことも、今、感じています。

                           担当:謝花 海乃
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