twitter @oam0

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書評 「川満信一個人誌 カオスの貌」

書評 「川満信一個人誌 カオスの貌(かお)
 七号 特集 多言語の手習い」


書評P「カオスの貌」

著者:川満信一
定価:600円(税込)

 「カオスの貌」は詩人、批評家の川満信一氏が継続発刊する個人誌である。批評家・仲里効氏の比喩を借りれば、川満氏は、復帰前後に反復帰、自立の思想を論じた岡本恵徳氏、ジャーナリストの新川明氏とともに、時代のアンカーマンとして「悪のトライアングル」の一角をなした人物である。私見では、「沖縄」の自明性を常に問いながら社会運動にコミットした岡本氏、国家を徹底して否定しながら状況的発言をした新川氏に対して、川満氏はアナーキーな社会性をよりポジティブに捉えようとする思想的立場に立っている。本誌でも垣間見えるその特徴は、今日の沖縄の現状を考える上でも示唆に富む。
 本誌は、2007年4月の創刊号から現在までに7号(10年5月刊)が発刊されており、その精力的な執筆活動がまず注目される。これまで「原郷」(創刊号)、「イラク、怒り」(第2号)、「絵画との対話」(第3号)など、各号ごとの特集型式がとられてきたが、本誌の特集「多言語の手習い」は、とりわけ川満氏の「詩」という作品型式にかける実践の意図がどのようなものであるかをより明確に示している。
 冒頭の詩作品「五十音の手習い」は、外国人や教育を受けたての子どもが触れる、日本語の基本的な音節を文字化した「五十音」の「ア」「イ」「ウ」… といった文字列に沿って言葉が並べられている。しかしその言葉は、規範的な日本語の音からことごとく逸脱するように連ねられている。
 
 「ア/阿吽の呼吸で/暗黒の闇も目を開く/「ああ」と はじめの声をあげて驚き/後も振り返らずに 永遠をただ走る/赤子のままの時よ、空よ、魂よ/(中略)アンジューコンのかなしき墓標も/アン アン 暗 闇と嘆く/アタビチャーも鳴くのをやめたニジリカンパチ/ア・ウン ア・ウンと終末の予感/慌てるな/あるがままに LET IT BE」(「五十音の手習い」冒頭部)
 
 通常、五十音は日本語を学ぶ際の規則的、規範的なものとして用いられる。しかし、ここでその「手習い」は、規範的な日本語をなぞるためではなく、あたかもそれを転倒させ、感嘆詞や沖縄語の発話や外国語と共振しながら、前提とする言語の枠組みから絶えず横滑りしていくかのような道筋を示すのである。このような「日本語」に揺さぶりをかけるような問題意識は、宮古島の14世紀の呪術者クマラーパズが残した予言を参照し再構成された「琉球賛歌(ミャーク古ニーリ調)」や、「桜」に象徴化された日本の国家的な枠組みをあらためて問い直すような「桜が咲いた」などの詩作品にも認められる。 
 そして、これらの詩作品と同時に注目すべきは、同誌に掲載されている書評、展覧会評などの散文=批評文である。とりわけ2009年に発刊された二巻本『谷川雁セレクション』(日本経済評論社、岩崎稔・米谷匡史編)を評した「書評Ⅱ 夢の屑ひろい 『谷川雁セレクション』」では、谷川雁が残したさまざまな文章から、川満氏がどのような可能性を読み取っているのかが垣間見えて興味深い。
 
 「雁自身は明言していませんが、彼の思想的実験は、歴史の地層へ埋められた、アナルコ・サンジカリズムやナロードニキたちの、共同性を探る未成の夢であったといっていいと思います。ロシアの農村共同体(ミール)を発想の基盤にして、相互扶助のコミューンを構想したクロポトキンの思想へ、もう一度立ち帰り、理念の再構築をはかることを夢見たのが、雁の先取り思想ではなかったか、と見るのです」(同誌104頁)
 
 ここには、資本制の商品交換や、国家の再分配という交換様式に拠らない、共同体の互酬的な相互扶助的社会関係を、コミュニズムとアナーキズムを交差させながら、新たなものとして再構築し、回復しようとする意図がある。一見すると川満氏は、雁の考えに即してこの論点を単に引用しているように見える。しかしその指摘は、ほかならない川満氏自身がこれまで自身の問題として意識し続けていたからこそ、雁の文章から見いだし、明確にし得たポイントである。
 
 「いまやかすかな灯火は、共同体・協同体のあらたな編制を夢見たナロードニキや、個人の思想の、根源的解放を夢見た、クロポトキンの自然主義アナーキーの思想から、その夢屑を拾い、わたしたちの思想を『相互扶助の社会』再構築に向けて出直すしかないように思います」(同誌106頁)
 
 国家と資本のむき出しの暴力が、沖縄に新たな新基地建設を強いようとしている今日、沖縄という社会で、近代国民国家の自明性を問い直し、資本の強制力によらず、旧来の共同体とも異なる、新たな社会構想をいかに立ち上げることができるかは切実な問いである。本誌をはじめとする川満氏の詩作品や批評文は、その重要なヒントをわたしたちに与える契機となるものである。

(與儀秀武 2010/10/02)

サイト内検索
カテゴリ
お問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。