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書評 『<近代沖縄>の知識人 島袋全発の軌跡』

書評 『<近代沖縄>の知識人 島袋全発の軌跡』

再<近代沖縄>の知識人


著者:屋嘉比収
出版社: 吉川弘文館
発刊: 2010年3月


島袋全発という、明治から戦後までを生きた知識人がいた。伊波普猷よりも一回り若い「沖縄学第二世代」と呼ばれる陣容のひとりである。しかし、全発が新聞や雑誌類に書いた論考はほとんど著作集という形として整備されておらず、そのために、現在ではあまり知られていない。私もその存在を知らなかった。その意味で、全発というひとりの独特な知識人の変貌を丹念に追った本書の意義は大きい。

琉球処分以降、日本からの、また沖縄内部からの歪な「日本化」は激しさを増した。マゲの断髪、方言を亡きものにしようとする運動、沖縄人に対する根強い差別。全発は、沖縄と日本との間に存在する断絶を積極的に認めるべきだとの位置に立っていた。「民族性」の重視である。いまこれを当然の概念だと考えることは歴史の忘却である。圧倒的な影響力を有していた伊波普猷ですら、「民族性」ではなく、「ナショナリティ」の同化をこそ重視していたのだ(例えば、「ネーション」を持たないアイヌや台湾人を一段下に置いている)。

帝国日本という「ネーション」の崩壊、その中においての沖縄差別や捨石としての沖縄戦を考えれば、明治期にあって既にそのカタストロフに突き進む種が撒かれていたのだと読むべきなのだろう。伊波、そして柳田國男らによる「日琉同祖論」はその裏返しに過ぎまい。さらには、「のんびりして優しい人達」という現代の沖縄への視線さえも地続きのように見えてこよう。

著者は、全発の構想する国家像は同化を前提としない「多民族的国家」であって、それは沖縄で生まれ育ったからこそ得た「被植民地の視点」であったと分析する。ここに伊波との大きな差がある。その全発にしても、戦争激化の中で朝鮮人軍夫のことを「けものら」と呼ぶなど、受苦の存在に対するまなざしが麻痺していた。また、沖縄文化を学ぶことは日本精神を学ぶことだとも認識していたという。「異民族」としての沖縄人から「日本民族の一支族」への無視できない変貌であり、社会と無縁でありえない思想の危うさである。ただ、全発の声は戦争遂行を勇ましく叫ぶものではなかった。

大きな揺らぎはあったにせよ、「ナショナル・アイデンティティ」ではなく、もっと小さな単位での差異を大前提とした全発の思想は、不幸なことに、現代にあってさらに重要度を増しているように感じられる。そして、思想の揺らぎの追体験は、沖縄を巡る歴史の潮流の中に身を置くことに他ならない。全発がリアルタイムの発言者であったからだ。そのプロセスには、現代の沖縄を常に捉えなおすための論点や視点が多く含まれているのである。

(齊藤聡 2010/09/05)

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