twitter @oam0

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジャーナリズムは戦争を止められるか―2007反戦ティーチイン

ジャーナリズムは戦争を止められるか―2007反戦ティーチイン 2007/10/16

会場は県内外からマスコミ関係者、市民らが約200名集まり、静かな熱気に包まれた。9月29日の教科書検定問題についての県民大会、その参加者数をめぐる新聞社のバトル、教科書会社へ責任を押し付け「落としどころ」を決めようとする政府の対応など、本質がずれていく中での今回のテーマとあって、直接的にも間接的にも同問題への関心が基調にある議論になった。



13日(土)那覇市のおきでんふれあいホールにて「2007反戦ティーチイン 戦争への道を止めるために -ジャーナリズムと労組の責任を考えるー」(主催:沖縄県マスコミ労働組合協議会)が行われた。会場は県内外からマスコミ関係者、市民らが約200名集まり、静かな熱気に包まれた。

photo188.jpg
会場を埋めた参加者

 9月29日の教科書検定問題についての県民大会、その参加者数をめぐる新聞社のバトル、教科書会社へ責任を押し付け「落としどころ」を決めようとする政府の対応など、本質がずれていく中での今回のテーマとあって、直接的にも間接的にも同問題への関心が基調にある議論になった。以下、それぞれ印象に残る発言を紹介する。

・嵯峨仁朗さん(日本マスコミ文化情報労組会議・MIC議長)の挨拶
 県民大会では心揺さぶられる光景を目にしました。11万人もの人々が歴史の捏造を許さない、真実を守る、それだけのために集まった。(一部の報道機関が)11万人ではなく4万人だなどといっているが、本質は数ではなく県民の怒りにあります。

 それからもう一つは、沖縄県内の報道関係者の姿勢です。中継しているレポーターは涙を流しながら伝え、最後の決議ではそれまでメモを取っていた記者たちが立ち上がりいっせいに拍手をしていた。我々はともすると、変な客観主義、中立主義に陥っていないか?高みに立って報道していないか?それに比べて沖縄のマスコミの皆さんは、県民と一体になって報道している。

 どうしても我々本土の人間は、沖縄で起きている問題を沖縄のローカルな問題だと考えてしまいます。そうではなくて、沖縄で起きている問題は、日本全体の問題、日本国民一人一人が関心を持つべき問題です。そのことを本土のマスコミ人間は気に留めなければなりません。

 ノンフィクションライターの島本慈子(やすこ)さんには、『ルポ解雇―この国でいま起きていること』、『戦争で死ぬ、ということ』(いずれも岩波新書)などの著書がある。島本さんの話で新鮮だと思ったのは、労働と戦争の関係についての指摘である。

・島本慈子さんの報告
 なぜ戦争を知らない戦後生まれの私が戦争について伝えたいと思ったのかというと、労働問題の取材をしたからです。その結果として、「労働と戦争は切り離せない」という問題提起をさせていただきます。

 1985年頃から始まった労働の規制緩和によって、労働者に回っていたお金は概ね経営者および株主に回ります。これが何故戦争に繋がっているかというと、その一つは、それが構造的に「ものいえぬ社会」を作り出すからです。臨時雇用、派遣労働、下請け労働などに共通しているのは、自分の意見を言ったら仕事を失うということです。

 2003年自衛隊のイラク派遣についてテレビの街頭インタビューで、その是非を問われた若い男性がこう答えていました。「総理大臣が決めたことだから仕方ないでしょう。会社だって、社長が決めたことには従うしかないじゃないですか」。私企業内部の話と民主主義の政治の話では、根本的に違う話ではないか? という理屈が通用しなくなってきました。勤め人は1日の大半を会社で過ごしています。それを聞いて私は、雇用破壊の社会というものは、戦争に反対する力を失ってしまうものだな、と強く感じました。

歴史研究者の伊佐眞一さんは、その著書『伊波普猷批判序説』(影書房)が、特に県内知識層の間で論争を呼んでいる。沖縄の民俗学者である伊波が1945年の東京新聞に寄せた戦意高揚の寄稿文を巡って、沖縄学の父としての伊波の評価を再考する機会にもなっている。伊佐さんは、戦前戦中の知識人とメディア状況について語った。

photo187.jpg
島本慈子さん(左)と伊佐眞一さん(右)

・伊佐眞一さんの報告
 明治維新以降日本が近代国家として沖縄を統合する時、様々な制度は「内地化」したが、歴史・文化・感性といったものは変えることが難しかった。用意した資料には、昭和10年から13年頃の大阪朝日新聞(鹿児島・沖縄版)の記事があるが、ここでは沖縄の名前、言語、出産、女性の服装、相撲などはおかしいから改めよと書いてあります。おかしいのは本土にとっておかしいのであり、本土に無いものは全ておかしいということになります。

 このように上から押し付けるだけではなかなか変わらないので、沖縄の中からそれを受容させ、ある一定の方向へ持っていくという動きが出てきます。学問の世界で、沖縄とヤマトゥ(日本本土)とは、大元が一つなのだという考え方が出てきます。一つであると考えることによって、精神的な支えになるからです。昭和17年の朝日新聞(九州・沖縄版)では、大東亜共栄圏建設の歌が500年前の琉球の「おもろ」に謡われていたと主張する記事が書かれています。

 むのたけじさんは、朝日新聞に入社し戦時中従軍記者として戦地を取材した。その経験から「戦争協力の責任上、記者全員の退社」を主張し、1945年8月15日付で退社した。その後秋田を拠点にジャーナリストとして活躍し、現在92歳。その大きな張りのある声と、身振り手振りを交えての「檄」に、会場全体が耳を傾けた。

photo186.jpg
むのたけじさん

・むのたけじさんの講演
 戦争が始まってしまってから、ヒューマニズムだ反戦だといったって何の役にも立ちません。戦争を止めるなら、戦争をさせないことです。戦争へ行ってみれば分かりますが、相手を殺さなければ自分が殺されます。

 戦争には2つの段階がある。銃砲弾が飛び交う戦争の時期と、それが飛ばない段階と。(飛ばない段階で既に戦争が始まっているが)先の大戦では治安維持法、国民総動員法で、民衆にはまったく知らされませんでした。新聞も1行も書けません。状況を探ることも許されません。やれば死刑の可能性があります。

   * * *

 それぞれの話はそれぞれの立場から戦争へ向かう現在のこの国を照射している。沖縄から見れば、教科書検定問題の報道のされ方、政府の対応など、正にむのさんがいう「銃砲弾が飛ばない段階」が露になっているのが歴然としている。逆にいえば、沖縄の問題をどう報道するか(しないか)によって、そのメディアが腐っているか否かが良く分かるともいえるのではないか。

◇ ◇ ◇

おもな関連記事
新聞各紙の社説を比較 集団自決、教科書検定問題
議員は語る-1- 沖縄戦「集団自決」教科書検定問題
沖縄・集団自決日本軍関与:教科書検定撤回もとめて11万人のうねり
熱気あふれる県民大会 秋の沖縄旅行
軍隊は住民を守らない・今、なぜ沖縄戦の事実を歪曲するのか
われらの「内」なる戦争犯罪(21)~「石垣島事件」
消せない記憶・「慰安婦」問題の被害者証言を聴く
父の15年戦争(16)狼になった義勇隊員
世界のメディアが注目する「慰安婦問題」

サイト内検索
カテゴリ
お問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。