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地域の伝統行事 沖縄市エイサーを楽しむ

地域の伝統行事 沖縄市エイサーを楽しむ 2008/09/03

8月半ば、道ジュネーをみた。これはエイサーを踊りながら各字を練り歩き、祖先の霊を慰める地域の伝統行事のことだ。現在では練り歩きながら各戸から寄付金を集め、それが青年会活動の資金源になっている。



沖縄の旧盆は、ウンケー、ナカヌヒー、ウークイと3日間ある。ナカヌヒーにあたる14日の夜、私は沖縄市胡屋(ゴヤ)の住宅街にいた。3日間繰り広げられるエイサーの道ジュネーを是非とも見てみたかったのだ。

 道ジュネーとは、エイサーを踊りながら各字を練り歩き、祖先の霊を慰める地域の伝統行事のこと。現在では練り歩きながら各戸から寄付金を集め、それが青年会活動の資金源になっている。

 近年の沖縄ブームによって馴染みのあるエイサーであるが、本土の人が目にするのは、観光客向けにショーアップされたものがほとんどだ。私はこれまでその見世物的な盛り上がり方にどうしても興味がもてなかった。

 しかし、この夜目撃した胡屋青年会の道ジュネーには興奮した。街頭の灯りもほのかな静かな住宅街に、太鼓と三線の音が聞こえてくる。音のする方へ急ぎ足で歩を進めると、ひっそりとした暗がりのそこかしこから、地元の方々が現れ、同じ方角へ向かう。みな期待を隠し切れない高揚した表情をしている。

 やがて旗頭を先頭に、大太鼓、締太鼓、男手踊りの勇壮な踊りが目の前を通り過ぎる。その後には、浴衣に似た衣装の女手踊りが柔らかな踊りを披露する。その両側では、三線を弾く地方(じかた)、ひょうきんなメイクが人目を惹くチョンダラーが行進を見守る。気がつくと私はその後をついていっていた。シマンチュ(地元の方々)も適度に距離を保ちながら、隊列に同行する。

 道ジュネーから離れ、一人帰路につきながら思いをめぐらした。道ジュネーの魅力とは、その背景のほどよい暗闇であり、静けさであり、そしてそこに忽然と現れるエイサーである。エイサーはその背景と切り離せるものではない。そしてその踊りがどれほど賑やかであり、エネルギッシュであったとしても、同時に神妙な、敬虔な「気」というようなものが、踊り手にも、それを見守る者たちにも感じられる。

 私に胡屋青年会のエイサーを見たいと思わせたのは、7月にある1人の青年と出会ったのがきっかけだった。胡屋青年会副会長の宮城光平さん(23歳)は、その時から毎晩のように仲間たちとエイサーの稽古に励んでいた。地域の伝統行事にひたむきに励む彼のその姿に、私は沖縄の青空のような清々しさを感じた。

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 「なぜそこまでやるのか?」私のような都会生活者の多くは、他にやるべきことが山ほどあり、忙しくしていることにほっとし、損得勘定(経済)を常に優先させるのが常である。だから聞いてみたくなったのだ。「家族や親戚が大事ですし、地元が好きだから」と宮城さんはてらいなく答えた。

 宮城さんはエイサーのイベント化について、それが観光客や地元客を呼び込み、地域の活性化に繋がるという面を評価した上で、同時に、その本来の意味が薄れていくことを危惧していた。地域の伝統行事、祖先への畏敬の念が忘れられるのではないかと。そのことを、表面的なかっこよさに魅力を感じて青年会に入ってくる後輩たちにも伝えなければならない。

 「夏になると血が騒ぐんです」と微笑んだ宮城さんの夏は終わった。

◇ ◇ ◇

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「基地のない沖縄を想像できますか?」~沖縄で シンポジウム「軍隊、そして私たち」開催

「基地のない沖縄を想像できますか?」~沖縄で シンポジウム「軍隊、そして私たち」開催 2008/07/11

2月に起きた米兵による中学生暴行事件を受け、沖縄で「軍隊、そして私たち」というシンポジウムが開催された。主催は「軍隊、そして私たち」実行委員会。参加者はパネリストと共に「あなたは基地とどうつきあいますか?」という問いかけを真摯に受止めた。



 6日(日)西原町の沖縄キリスト教学院大学で、「軍隊、そして私たち」というシンポジウムが開催された(「軍隊、そして私たち」実行委員会主催)。2月に起きた米兵による中学生暴行事件を受け、3人のパネリストと共に、改めて在沖米軍基地の問題点を確認し、サブタイトルにある「あなたはどうつきあいますか?」という問いかけを掘り下げる内容になった。

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チャペルで行われたシンポジウムの様子

●アレン・ネルソンさんの話
 アレン・ネルソンさんは、1966年海兵隊員としてベトナム戦争に従軍、沖縄のキャンプ・ハンセンに駐留した経験を持つ。除隊後、戦争、軍隊の悲惨さを訴える活動をしている。

 キャンプ・ハンセンに赴任した時、ネルソンさんは沖縄の人々の顔を覚えていなかった。「三線の音も聞かず、ゴーヤーも食べず。チーズバーガーを食べ、コカコーラばかり飲んでいた」。なぜなら沖縄の街並みはアメリカそのものだったから。

 「在沖米軍基地がみなさんを守ってくれると思っているかもしれないが、それは間違い。彼らは米軍基地を守るためにいる」と厳しく戒めるネルソンさん。

 911同時多発テロ後、沖縄への修学旅行が次々とキャンセルされたことにショックを受けたという。米軍基地内のセキュリティは最大限に強化される一方、沖縄の人々を守るためには、何の安全管理もなされなかった。「あの時修学旅行生が沖縄へ来ていたら、米軍がみなさんを守るためにあるのではないということを学べたはずです」。

 ネルソンさんは、会場を埋めた多くの学生を意識してか、シンプルな口調で、そして常に相手に語りかける態度で問いかけた。「基地のない沖縄を想像できますか?」と。

●ダグラス・ラミスさんの話
 ダグラス・ラミスさんは、1960年に海兵隊員として沖縄に駐留した。1980年に津田塾大学教員を経た後、沖縄に拠点を移し、執筆、講演活動を行っている。

 「海兵隊にとっての沖縄イメージは2つある」とラミスさんはいう。1つは人種差別のイメージ。沖縄に限らずアジア人全般を区別なく gook と呼ぶ。2つめは、沖縄はたくさんの血を流して勝ち取った自分たちのもの、戦利品というイメージ。その戦利品には若い女性が含まれる。そしてそれは現在の海兵隊にも残っている文化だ。

●高里鈴代さんの話
 高里鈴代さんは、那覇市婦人相談員、那覇市議を4期勤め、1995年に「強姦救援センター・沖縄」「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」を発足させた。2月の中学生暴行事件でも、被害者の精神的ケアを第一に訴える声明を発表したのは記憶に新しい。
 高里さんが婦人相談員を勤めた1980年代、ベトナム戦争時に基地の町で働いていた女性たちが共通して訴えたことは、「絞め殺されそうになった」という言葉だった。これは1人の兵士の問題ではなく、米兵に共通する問題ではないかと、当時の高里さんは推測した。つまり、ベトナム戦でのフラストレーションなどが、そのような行為に結果したということで、ベトナムと沖縄は繋がっているのだと。

 在日米軍基地の75%が、日本の面積の0.6%の沖縄にある。そしてそれは沖縄本島の20%を占めている。よくいわれる表現だが、高里さんは、それは正確ではないと指摘する。なぜなら、それはあくまでフェンスの中の面積をいっているのみで、飛行訓練はフェンスの外でも行われているし、爆音を撒き散らすこともあるのだから。

◇ ◇ ◇

 後半は、沖縄国際大学教授の佐藤学さんが司会として加わってのディスカッションが行われた。佐藤さんはいくつかの問題設定をした。米兵が基地から町に出て行き、彼らと付き合う日本人の若者がいる。彼らにこの場で話し合われた内容をどのように伝えるべきなのか?

 この問題に対して、アレン・ネルソンさんは以下のように答えた。多くの米兵は、貧困から抜け出すため軍隊に入った。多くの沖縄の若い女性は、仕事も機会も少ないこの島を出たいと思っているのかもしれない。アメリカをディズニーランドのように想像しているのかもしれない。

 「しかし、もしも米兵がみなさんを本国へ連れて帰ると思っているとしたら、それは間違いです。アメリカは世界中で最も人種差別の激しい国です。みなさんがアメリカへ行ったら、黒人のように扱われます。そして軍隊というのは暴力無しには存在しないということを教育で示すべきです」

 他にも佐藤さんは、「2月の事件の後、日米地位協定がクローズアップされたが、日本の司法が犯人を釈放したのだから、実は日米地位協定はあまり関係がない。地位協定の改定を訴えることで、この問題が日本の法律の問題であり、女性への性暴力の問題であることが遠のくことになっていないか?米兵の存在が中核的に位置付けられている(沖縄市の)街づくりとはいかがなものか?少女が声をかけられたコザ・ミュージックタウンは、基地周辺の活性化のための振興策である島田懇談会事業である」などの重要な問題提起をした。

◇ ◇ ◇

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那覇港浦添ふ頭地区の埋立事業は必要か?

那覇港浦添ふ頭地区の埋立事業は必要か? 2008/05/13

浦添ふ頭沿岸の埋立に関する環境アセス。 審査会では各委員から疑問の声が続出した。傍聴した者として理解に苦しむのは、今アセスの対象があくまで第一ステージの埋立事業にすぎず、その背後には更なる大きな計画が控えているという点だ。



那覇港(浦添ふ頭地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価準備書についての環境影響評価審査会が行われている。平成18年2月から方法書の手続きが始まり、平成19年10月に準備書の手続きを経てこの5月から沖縄県環境影響評価審査会が開催された。

事業者の浦添市土地開発公社、那覇港管理組合によるとこの事業の目的は、「那覇港湾計画(注1)に基づく浦添ふ頭地区に第1ステージ事業として緊急性の高い用地造成を行うものであり、港湾関連交通の円滑な流通基盤の整備、臨港道路(浦添線)の整備、当該道路用地背後における都市機能用地の整備、港湾機能を支援するための緑地及び護岸用地の整備」とされている。事業規模としては約22.2haに相当する。

 そもそもこの事業には、国による沖縄振興計画(平成14~23年度)、那覇港港湾管理組合による那覇港港湾計画(平成14~20年代後半)、浦添市による浦添市総合計画(平成13~22年度)という3つの上位計画が前提としてある。

 この3つの大きな長期計画の背骨ともいえるのが、沖縄島を南北に走る国道58号線、330号線の渋滞緩和のために計画された幹線臨港道路(沖縄西海岸道路)だ。北は読谷村親志から南は糸満市真栄里まで約50kmに渡る。その一部として浦添ふ頭沿岸に道路を建設することに伴い、海浜との「隙間」を埋め立てるのが「第1ステージ」の当該事業。

この陸域には米軍牧港補給基地(キャンプ・キンザー)がある。1995年の日米合同委員会で全面返還が「合意」され、2006年の米軍再編最終「合意」では14haの集積場の整備が追加された。同時にその海域には遊休化している那覇軍港が移設されることも「合意」された。その場所は那覇港湾計画と重なる。皮肉なことに基地の存在によって開発を免れ中南部では数少ない自然海岸が残存しているその同じ場所に。

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閉鎖海域になる北側海浜のあたり。奥に見えるのはキャンプ・キンザー内の施設。

 また当該事業の埋立については、昨年7月3・5haの北側海浜部分を埋め立てずに、自然海岸・干潟として活用する計画に変更された。キャンプ・キンザーの返還、海浜保全への対応などがその理由となっている。

 1日(木)宜野湾市のぎのわんセミナーハウスで行われた第2回審査会では、最初に北側海浜部分のボックスカルバートを通した海水の交換について質疑がなされた。水質の悪化は免れないことが予測でき、閉鎖水域に砂がたまり、海藻草類に影響が出るのではと審査会が疑義を出したのに対し、事業者側はコンピューターシミュレーションによる海水交換率を示し、現況と埋め立てた場合でほぼ同等の80%の値が出たので大きな差異はないと答えた。

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1日の環境影響評価審査会。

 これに対し津嘉山正光会長(水環境専門)は「滞留状態が多くなり海水交換の効率は悪くなる。差がないというのは分かり難い」と疑問視した。堤純一郎委員(大気環境専門)は「海水の交換と海流が流れとして入るということはまるっきり違う現象。それによって生物に与える影響なども違ってくる」と指摘した。

 新城和治委員(陸域植物専門)は「群落の評価として海岸高木林2ヶ所の植生組成表が無いが?」と確認した。事業者側は「他の2ヶ所を含め米軍基地内のため組成表を作る時間がなかった」と回答。データ不足が露呈した。

 堤委員は上位計画そのものの必要性にも疑問を投げかけた。「現実には進出希望企業の数は多くない。東浜、豊崎、糸満など他の埋立地には売れ残った土地が山のようにある現状において、『緊急性の高い』とはいえないだろう。埋立をした時にキャンプ・キンザーが返還されていなかったとしたら、都市機能用地として計画している部分を本当に使えるという保障は誰がするのか?」

 現行では基地施設から海岸へ50mにかけて米軍による制限水域となっている。埋め立てたはいいが制限がそのままでは結局使えず野ざらし状態になるのでは?と堤委員は危惧する。

 事業者側は「熱意があって図面を書いてきた企業もある。用地は確実にすぐ埋まるものと考えている」と答えた。さらに制限水域についても「埋立申請予定の9月か10月頃に向けて解除の方向で米軍と調整している」と玉虫色の回答に終始した。

 傍聴していて理解に苦労したのが、アセス対象になっているのはあくまで埋立事業なのだが、その背後に更なる大きな計画が控えている点だ。両者には相関関係がある。しかし今ここで話し合われているのは「第一ステージ」の埋立事業部分についてのアセスなのだ。

 宮城邦治副会長(陸域動物専門)は恐らく同じような煮え切らなさからか、「港湾計画を前提とするのか今回の埋立事業のみで捉えるのか、それによって保全の仕方も違ってくるので困っている」と漏らした。津嘉山会長も応じるように「(港湾計画が実施されれば)北側の閉鎖海域は池になってしまう」と付け加えた。

 事業者側は港湾計画についてはまだ熟度がないと断った上で、「将来の計画があるからこうしなくてはならない、保全ができない、ということではないと理解していただきたい」と判然としない回答。

傍聴していた浦添ふ頭北側に位置する港川自治会からは、海草藻場が豊かな干潟を地元小学校との連携で総合学習の場として利用しているなどの報告がなされた。「ボックスカルバートでは藻場の利用が不便になる。ぜひ高架に変更してほしい」と訴えた。

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干潟で海の幸を採る親子。

(注1) 那覇港湾計画の概要については以下の那覇港管理組合サイトを参照。
ビジュアル的にイメージする手助けとして那覇港湾計画については那覇港湾計画図を。当該埋め立て事業については浦添市土地開発公社作成の説明会パンフレット(pdfファイル3ページ)を参照。

沖縄に「押しつけられた常識を覆す」、那覇市の集会で学者が議論

沖縄に「押しつけられた常識を覆す」、那覇市の集会で学者が議論 2008/05/05

沖縄には米軍基地があることによって形成された「常識」があるという。4月27日に那覇市で行われたシンポジウム「押しつけられた常識を覆す」では、安保、開発、環境を専門とする3人の学者が集まり、この「常識」について議論された。



沖縄には米軍基地があることによって形成された「常識」があるという。地政学的に重要だから撤去不可能である。基地がなくなったら経済的に破綻する。自然だけでは食っていけないなど。だが果たしてこれらは本当に「常識」なのだろうか?

 4月27日(日)那覇市の沖縄県立博物館・美術館講堂で開催されたシンポジウム「押しつけられた常識を覆す」(「いまこそ発想の転換を」実行委員会主催)では、安保、開発、環境を専門とする3人の学者により刺激的な議論が展開された。

 最初に進行役の新崎盛輝沖縄大学名誉教授は趣旨を以下のように語った。

 「沖縄世論の結集の第一歩として幅広い立場から登壇してもらった。幅広いといっても中立的な立場ではなく、私たちははっきりと辺野古の基地はいらないということをきちんと論証していかなければならない。基地が造られることが『常識的に』なりつつあるが、その押しつけられた常識を覆せるような発想の転換の基盤作りを考えています」。

 以下3人の話の中から印象に残った部分を紹介する。

我部政明琉球大学教授
 米軍再編による海兵隊のグアム移転によりハワイ・沖縄と合わせ3箇所に分散することになるが、海兵隊の軍事的性質からいってこれは合理的でない。辺野古の新基地建設は軍事的理由からではなく、政治的理由による。つまり「いったん基地を手放すと、それをとり戻すのは難しいから」だ。それまで高いコストをかけてきた海外の基地を手放した場合、それを再度とり戻すことがどれだけ難しいことか分かっているアメリカは、今ある普天間飛行場を利用しながら、新しい基地を造りたいと思っているに過ぎないのだ。

島袋純琉球大学教授
 1972年沖縄の施政権返還に際し導入された沖縄振興開発体制ならびに振興策の役割は「沖縄の基地問題の非争点化」である。本来日本全体の問題であるはずの米軍基地問題を中央の政治で争点化させない、その公式機関が沖縄開発庁、沖縄総合事務局であり、沖縄の政治的リーダーが基地に関して相談に行ってもまったく取り合ってもらえない。

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左:我部政明琉球大学教授。右:島袋純琉球大学教授。

 それは同時に初代沖縄開発庁長官の山中貞則氏を中心とした「沖縄族」議員との強力な政治ルートを沖縄が得たことも意味する。沖縄振興開発体制とは「日本の保守利益還元政治に沖縄を組み込むための装置」である。

 この構造を変えようと目論んだ革新系太田県政の「国際都市形成構想」はブレーンである吉元副知事の退陣などによって消滅し、次の稲嶺県政では基地を整理縮小ではなく再編強化する振興開発体制へと方向転換された。ここから、いわゆる基地所在市町村への島田懇談会事業、北部振興策事業などの実質全額補助の事業が生まれ、振興策と基地がリンクする構造が強化された。さらに事業の進捗状況に応じて配分が決まり防衛大臣の裁量で制裁も可能な「米軍再編推進法」(2007年)に至る。

 このプロセスによって沖縄の自治、財政規律の崩壊が起こった。住民ニーズのあるなしよりも補助率のよいものを優先、「どこかに大きな資金のプールがあってそこにアクセスできる知事や市町村長」が評価される仕組みが生まれ、合理的な政策が不可能となる。メニューの決まった高率補助事業の「食べ過ぎ」により、社会や経済は投資すればするほど悪化する。つまり「財政移転獲得=経済活性化ではない」のだ。

桜井国俊沖縄大学学長
 1987年国連で「持続可能な開発」ということがいわれた。子や孫の世代まで説明できる、未来を奪わない開発のことをいう。「辺野古の新基地建設を積極的に推進する場合はもちろん、やむを得ないと容認する場合においても、後の世代が健全に生きていく可能性を狭めることがないということをいう説明責任が我々にはある」。

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桜井国俊沖縄大学学長

 地元自治体に落ちる再編交付金、地元土木業界に生じると思われる経済的利益は、一時のものであることを忘れてはいけない。しかし、それは確実に沖縄の素晴らしい自然を壊していく。軍用地代の5倍ある観光収入、その魅力である青い海を壊してどうするのか?辺野古の新基地建設では、沖縄で採れる海砂の12年分が採取されようとしている。

 ここは発想の転換が必要だ。自然破壊の公共事業ではなく、親水型護岸への改修、地元企業を活用した近自然工法の採用などへ変えていく。観光客の増加に合わせて北部へさらなるダムを建設するのではなく(しかもその補助金の多くは本土に還流する)、街の中で雨水貯水プールを地元業者によって造ってもらう。地元が自然と調和しながら潤っていくための新しい仕事の仕方が求められる。

記者の感想
 辺野古新基地建設の真の理由は政治的理由である。だが沖縄はそれを変えさせる政治的自由度が極端に弱い。政治的自由度が弱ければ経済的、社会的豊かさは得られない。いいかえればそれは経済的基盤である観光業を持続可能でない消費型のままにさせ、沖縄固有の自然環境を取り返しがつかないほど破壊する。この最悪の悪循環から脱却するためには、沖縄のひとびと一人一人が、政治的自由度=自治の意識を高めることが必須である。具体的にいえば、まずは辺野古新基地建設を認めないことだ。

米軍基地被害を越えた女性たちの絆 那覇で「国際女性ネットワーク会議」報告会

米軍基地被害を越えた女性たちの絆 那覇で「国際女性ネットワーク会議」報告会 2008/04/21

米軍基地被害に遭う女性たちが集まる「国際女性ネットワーク会議」は、1997年に沖縄で最初の会議が開かれて以来、昨年9月のサンフランシスコで6回目を数える。そのサンフランシスコの会議の報告会が、18日那覇市で行われた。会合に参加して改めて気づいたことは、女性たちの運動は、つながること、コミュニケーションをとても大事にしているかという点で、これは重要なことだと感じた。



米軍基地を抱える国、地域の女性たちが集い、真に平和で安全な社会を築くため行動し、支え合うことが目的の「国際女性ネットワーク会議」。昨年9月にサンフランシスコで開催された6回目の会議の報告会が18日、那覇市の「なは女性センター」で行われた(主催:うないネットワーク・なは)。

 「国際女性ネットワーク会議」は、1995年に沖縄で起きた米兵による少女暴行事件とアメリカのピース・キャラバン(米軍の犯罪をアメリカ国民に知ってもらおうと沖縄の女性が起こしたアクション)を背景に、1997年に沖縄で第1回目の会議が開かれて以来、これまでワシントン、沖縄、韓国、フィリピンの順で開催されてきた。第6回目の会議にもアメリカ、グァム、ハワイ、プエルトリコ、フィリピン、韓国、沖縄、日本から80人の女性が集まったという。

基地被害に遭う女性たちが初めて集まった第1回目を振り返り、中心メンバーの高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)は、「まるで自分の経験を相手が話しているように話題が共通していることに驚いた」という。

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「軍事主義を超えるためにはまずその実態を知ることから」と語る高里鈴代さん。

 今回の会議の特徴の1つが、通訳の存在だった。参加者の中には論文を書く環境にない人たちがいたこともあって、論文を書いて報告するのでななく、口頭で話をし、それを通訳が媒介した。「参加者が誰でも気後れしないで自分の言葉で話し合える対等性がとても重要だった」と高里さんは強調する。

 第1分科会参加者の高良沙哉さんは、人身売買と女性への暴力について報告した。韓国のユン・グミ事件(1992年)、60代の清掃員女性の強姦事件(2006年)では、加害米兵にそれぞれ懲役15年、7年の判決が下ったが、これは女性たちの抵抗運動の結果であり、通常、強姦罪の刑は2~3年程度(日本の場合3、4年)、「社会的にも事件を覆い隠そうとする環境が日韓で共通している」と指摘した。これは例えば強盗罪の方が刑が重いことなどからも、女性の人権が軽視されている表れといえる。

 第2分科会参加者の本永貴子さんは、女性の健康、基地からの有毒物、環境浄化について報告した。アメリカの場合、白人居住区は返還後すぐに生活できる所があるが、アジア系、アフリカ系へとなるに従い、汚染が酷く環境浄化が遅れている現実があるという。「これは日本の中での歴史的な沖縄差別によって沖縄に環境汚染が広がっていることと似ている。人種差別が軍事に繋がっていることが根っこにある」と本永さんは語った。

 アメリカでは近年政府協議の環境浄化予算をスーパーファンド(企業の費用負担による有害廃棄物処理地の汚染除去制度)へ出資し、民間環境団体に調査を委託するケースが増えている。本永さんらはこれを米国外の米軍基地に適用できないかと考え、韓国側と連帯しながら調査を進めているという。

第3分科会参加者の真栄城和代さんは、軍拡と軍の再構成に抵抗するための今後の課題を3つ挙げた。1つ目は、世界が軍事化していることに気づいていない、特に若年層に向けて「平和教育キット」を作成し広めていくこと。これは、フィリピンで行われているように、若者に流行している音楽などに関連付けていくことが有効ではないかとのことであった。

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若い世代から自分の言葉で語る真栄城和代さん。

 2つ目は現状を把握すること。これは世界中の米軍基地の地図を作成することで、軍事基地を視覚的に捉えることができるだろうということだ。そして3つ目として、ネットワークのつながりと見直しによって、各地で起こっていることをお互いが共有すること、を挙げた。

第4分科会参加者の源哲美さんは、日常の軍事化に抗し、経済的、社会的、文化的状況を取り戻すための活動について報告した。ハワイの先住民族は経済的貧しさから軍からの新兵募集のターゲットにされるという現実がある。これに対し、帰還米兵が学校などに呼ばれ軍での体験を話し合う機会をつくっている。フィリピンでは、かつて基地周辺の性産業で働いていた女性たちが、現在働いている女性に対し、基地周辺の性産業から自立するための働きかけをしている。

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フィリピン女性が作ったリサイクルバッグを愛用しているという源哲美さん。

 グァムでは、活動している女性たちは家庭でも地域でも活動の中でも役割があり、疲弊している。その快復のために、アメリカとは違う自分たちの文化、つまり言葉、伝統的な食べ物、自然などを掘り起こしていく取り組みを行っているそうだ。これは沖縄と共通すると感じた。

 韓国では、相手が暴力に訴えてきた時に反射的に生まれる自己の暴力化に気づき、許しあい、相手を敵とするのではなく人間として認識することを心がけているという。しかし非暴力の実践のためには訓練が必要でもあるようだ。

――――――――――――――――――――――――――――

 報告を聞いて改めて気づいたことは、女性たちの運動は、つながること、コミュニケーションをとても大事にしているという点だ。そしてそれは常に形式よりもプロセスに重きを置く。通訳を介し対等な機会を与えるというようなその実践が、そもそも民主主義の原点ではないかとも感じた。彼女たちがいう軍事力の「安全保障」から、真の安全保障へというメッセージは、じっくりゆっくりと、そして正々堂々と実践する以外ない。

◇ ◇ ◇

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