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沖縄本レビュー(書評)執筆募集(2011年11月)

【沖縄本レビュー(書評)執筆募集について】

・下記の沖縄本リストは1ヶ月1回をめどに新しい書籍をアップしていきます。
・掲載されている沖縄本の書評執筆をご希望される方は、書籍名を明記の上、 情報募集投稿フォームに必要事項を記入し、OAM編集部あてに送信下さい。
・書籍をご郵送の上、ご執筆いただいた書評をOAMサイト内でご紹介致します。
・原稿の締め切りはご郵送後約3週間、分量は約1000字が目処です。原稿料は現金でのお支払いをせず、書評書籍の献本をもって代えさせていただきます。
・お一人様一回につき一冊とさせていただきます。複数のご応募はご遠慮下さい。
・<応募終了>の表示がある書籍については既に書評執筆者が決定しておりますので、あしからずご了承下さい。

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書評『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』上・下巻

書評『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』上・下巻

誰にも書かれたくなかった

佐野眞一著
集英社
判型/総ページ数: 文庫判/496ページ
定価: 780円(税込)
発売年月日: 2011年7月20日

「だれにも書かれたくなかった」というどこかものものしいタイトルと、平良孝七撮影による表紙写真の少女がこちらを見返す目線の強さが、どこか「本が読者を選ぶ」かのような凄みを感じさせる本である。とくに上下分冊で文庫化される前のハードカバーの本書は、その分厚さもあって、書店で何度も眺めながらも「もう少し沖縄の事を知ってからにしようかな・・」と、伸ばしかけた手を戻させるようなアクの強い印象があった。

 そして、そのタイトルから、はじめこれは沖縄出身の著者による、自身の暗部をえぐり出すような、一種の内部告発の書なのだろうと思った。ところが、読んでみると著者の佐野眞一氏は、1997年に初めて「仕事らしい仕事で」沖縄を訪れた本土のライターであるという。すると、「だれにも書かれたくなかった」というのは、かつて沖縄を訪れるライターが誰も掴んでない「特ダネ」を誰よりも先に書きたかった、ということなのだろうか?

 外から沖縄へやってくる人々がこの島に寄せる想いは、しばしば恋にたとえられる。恋すればこそ、自分が「誰にも明かされていない彼女の秘密」を知りたいと思うものだろうか。

 まさにその事をアピールするように、著者は沖縄にやって来ては、沖縄を賛美することで自身の罪を償おうとするかのような他のヤマトの文化人たちを名指しし、「我々を“褒め殺し”にするのももういい加減にしてくれ」という沖縄の人の声を取り上げ、その理解の浅薄さを非難する。その語気から感じられるのは、彼がやり玉にあげた文化人たちの、沖縄への想いを「プラトニックラブ」に喩えるとすれば、「恋は奪うもの」というがごとき鼻息の荒さである。

 ただ、それは本書の欠点ではない。著者は、むしろそういった自身の欲求をさらけ出してぶつかって行くことで、「血の通った」沖縄の物語りを描こうとしているように思える。頻繁に「(笑)」が使われる、対談形式の書き方からも、聴きたい事・話したい事を整理する事なく、インタビューのその場の雰囲気を再現しようとした意図が伝わってくる。

 そして、そのような著者の魂に響き合い、ここに記されたのは、反基地・平和運動の「理想」に捧げられるのではなく、その「空論」からこぼれ落ちる人々の様々な「生きざま」である。沖縄に生きる人、沖縄にやって来た人の誰もがうすうすと知っていながらも、書こうとしなかったもの。それを書く事は、「沖縄」にとってマイナスになるのではないか、あるいは自らの沖縄像を汚すのではないか、という事。それは当然、ひとつの理論にまとめあげられるものではなく、「これが人生だ」としか言いようのないもの・・。

 著者の代表作に,日本中をくまなく歩いて、近年再評価の目覚ましい民俗学者と、そのパトロンであった財界人を描いたノンフィクション『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』があり、そこではひとりの「聖化」されたスターの姿でなく、その業績を作り上げたふたりの人生と周りの時代が丹念に描かれる。その姿勢は、反基地運動のヒーローと、軍用地主、基地造成を請け負って成長した土建業のリーダーなどを並列に描く本書でも貫かれていると言える。彼らが「何を主張して来たか」ではなく「どうやって生きて来たか」を描くこと、それが本書の独自性だろう。

 そしてその視点は、どこか「恋」と「結婚」の違い、という議論を思い起こさせるものである。本書における著者の沖縄に向ける眼差しを、「沖縄へのプロポーズ」と言ってしまいたい欲求に駆られる。相手の美しいイメージだけでなく、様々な現実を受け入れ、一緒に生きて行くすべを探ること、そこにもしかすると、沖縄と日本の関係性を再考させる何かがあるように思える。

 本書に登場する物語りの「主役」たちの中で、とりわけ強い印象を残す者をひとり選ぶとすれば、暴力団幹部を狙撃した日島稔である。その人生そのものが沖縄の戦後史を凝縮したような存在だという彼。文庫版で書き足された章「海燕ジョーの最期」もまた印象的である。

 暴力団の世界から足を洗い、観光漁船の船長として新たな人生を送っていた彼が、乗り組んでいた漁船で座礁・転覆し、そのまま行方不明になってしまう事故。同乗していたベテラン漁師ふたりを残して、彼はライフジャケットを着て海に飛び込んでいったという。やがて救助されたその乗組員は「座礁したときは船から降りないのが鉄則」と語ったのだそうだ。

 本書に登場するのは、普段なかなか「書かれる事の無かった」人々の物語りである。しかし彼らにしても「書かれるべき目立った行為」をした人間という事になる。それはたとえて言うなら「人に先んじて物事に飛び込んで行った」人々であると言えないだろうか。そして、そこで「後に残る人」の方が、実は人間社会を構成する大多数派であるという事、それが本書を通読してさいごに浮かんで来た印象であった。

(海津研 美術・アニメーション作家 2011/10/29)

書評『琉球からみた世界史』

書評『琉球からみた世界史』

琉球からみた世界史

著者:村井章介 三谷 博=編
山川出版社
価格:3,360円(本体3,200円)

デパートや司法書士事務所やらに「琉球からみた世界史」をバックに忍ばせ、連れ歩く。コーヒーカップを持つ手が止まり、指で文字をゆっくりと追う。呑み込めない。そりゃそうだろうよ、論文だもの。超超ドとも言えないほどの素人にゃわからない!

 と、ギブアップをしようか。わたしはしない。わからんが、読むのだ、と力んだ。軽い気持ちで読んだらいけません。ひとつひとつに研究者の膨大で誠実な研究成果の言葉と資料と史料が盛り込まれています。

 しかし、わたし流で読みます。傲慢ではなく、わたしの極極限られた読み方で。研究者の方々や専門家の方々がこの拙文を読むことはないと思いますが、のっけから申し訳ありませんでした、とご挨拶をします。ふざけてはいません。努力をしたのです、わからないなりに。昔わくわくして読んだ探偵小説のように。

 1章は、考古学者の立場から特に「硫黄島」を中心に出土した遺物から奄美群島の島嶼海域、境界海域を考察したものである。出土した遺物から薩南諸島における交易活動の一端を垣間見ることができるのではないか、と述べている。

 2章は「古琉球をめぐる冊封関係と海域交流 村井章介」。「歴代宝案」に収められた外交文書から海域の国王間のやりとり、そして一時期南九州の領主層との外交を通じ、積極的に君臣関係を築こうとしたことを述べている。尚真王時代には琉球国は、奄美群島を内国化させ、先島諸島にもその勢力と権威を高めていた。しかし、事態は反転する。戦国大名島津氏は、代替わりをし、領国の統一によって、九州の覇者となった。その結果、琉球貿易に「当家の印版をもたない不法行為は取り締まる」と琉球に申し入れを行っている。それに反した場合には薩摩の武力介入を覚悟しなければならなかった。

 3章は、久米島のおもろの世界を通して、久米島と琉球王府の関係を明らかにする。「おもろそうし」巻1と巻2の間に「島津侵攻」があり、編纂事業に影響を及ぼしているとされているが、島津の関与については具体的に示す手がかりはないらしい。

 「おもろそうし」は、久米島が首里王府から独立した存在であることを示唆する。また、久米島が大和との交流が盛んであったこと、大和から東南アジア諸国に出かける船の足がかりであった喜屋武、摩文仁とも密接であったこと、このことは久米島もまた中国、東南アジア交易に何らかの関係があったことを推察させるとしている。

 4章、ラタナコーシン朝初期シャムにみる「朝貢」と地域秩序」。伊藤博文が、シャムはまるで琉球のようだ、といったそうだ。

 シャムは、清朝の朝貢国であったが、その中国との関係を模すように周辺諸国の頂点に立ち、変容する中国と西洋との関係に対して、近隣周辺を束ね、再編することによって対応しようとする、という動きにみえた。というのは、シャムは、周辺諸国例えば、ベトナムやカンボジアに朝貢のようなものを義務づけ、カンボジアは、「シャムは父なる国、ベトナム母なる国」という両属の関係であるとしている。この重層的な関係をして、伊藤博文に「まるで琉球のようだ」と言わしめたことなのか定かではない、としている。しかし、シャムの周辺諸国との朝貢再編、新たなる国際関係への対応を模索しようとした動きが、伊藤の認識をはるかに超えていたのでは、と結ぶ。

 5章、サブタイトルは「皇帝と話をした琉球人」。移動がほぼ不可能な時代に北京、福州、琉球、薩摩、江戸を琉球人が複数の人数で定期的に頻繁に移動していたという事実を述べる。この国際的な経験が琉球王国に蓄積・還元され、中国、日本とも異なる琉球の固有性を生み出すことに寄与したのではないか、という。

 6章、琉球と朝鮮の儒教。それぞれの特色を述べられている。琉球の儒教は、土着文化に溶け込んでいる。儒教を実践しているのかわからないくらいに日常に潜む儒教的精神、文化を見つけ出すことも面白いかもしれない。

 7章、ペリー艦隊の琉球来航。日本開国の前にペルー艦隊は、琉球に来た。なんだか現在を見るような気もする。「琉球は、ごまかしや外交上の裏切り行為にかけては彼ら(琉球)の上にでるものはいない、・・・」。これって「ゆすり、たかり、ゴヤ―ツクレナイ、オキナワ人」に似ていない?当時の米国海軍の「水兵」は、規律が乱れ、琉球の女性に対し、乱暴狼藉を繰り返し、民家に侵入、しかし、「水兵」の身柄は拘束されず、公式の謝罪もなかったという。鼻が膨らんできたぞ。怒りの鼻息!日本開国の正史には記していない数々の米軍の不祥事は、琉球の記録には残されている。小さなアリが「歴史の教訓」を踏まえ、いかに政治・外交的知略を発揮していくかが未来の沖縄を切り拓く重要な課題であると結んでいる。

 8章、世界史からみた琉球処分―「近代」の定義をまじめに考える。やっと近代に来た。でもね、近代の定義を「琉球処分」という切り口で定義するのが目的なんだよね。文化・思想の側面からの近代、国家・政治体制の問題として考える場合の近代。さらには、経済・市場構造に着目した近代。キンダイが、さまざまな色をしたタイヤキのように目の前に並べられて、食べようにも中身のあんこがわからないから手につかない。

 筆者は、国民国家論からの近代を考えるとすれば、「琉球処分」はナショナリズムの論理で遂行されたのか、どうかを考えれば、近代が見えてこないかと論じる。「琉球処分」を東アジア世界で初めて国境線を住民の人種や民族によって基礎づける近代ナショナリズムが発現した事件として捉えることは誤りであるとする。史料からみえることは琉球「国王」の出自が問題であって、住民レベルの民族学的な「日琉同祖論」は無関係なのである、という。史料が示していることは、「国民」ではなく「国王」が国家全体を表す「前近代的」な論理である。しかし、「琉球処分」に使用した論理は、徴税権取得という「土地」支配の論理であり、国民の均質性や民族の同一性というナショナリズムではない、と結論する。

 「琉球処分」は、朝貢体制を破壊したのか?つまり、「前近代」から「近代」に移行できたか?かな?「『日本』の開国は沖縄の『鎖国』化であった」と朝貢システム論を論ずる研究者は述べているという。「琉球処分」以前の琉球の両属問題は清国をはじめ西洋各国にも周知の事実であったが、「沖縄県は日本の一部である」という日本の解釈のみが日琉関係の「正しい」説明であるという一元的認識の要求がこの「琉球処分」である。「近代」が意味の多元性を前提にした秩序から解釈の一元性を要求する秩序への転換ならばこの「琉球処分」は近代のファンファーレになったのだろうか?

 つまり、鎖国にあった日本は、清国などに開いた琉球国を通して(利用して)、世界にデビューしていった?琉球の黒糖やらを食べつくし、きらびやかな異国情緒あふれる文化を利用して、世界に打って出たのかな?あの時代でも限られた交通によって、世界に移動した一握りの琉球人は、琉球の目を持って、世界を見、記録に残した。そこから世界を感じた、信長や伊達正宗が世界に夢見たように、と思うのだ。

世界のウチナーンチュ大会が今年は盛大に開かれたようだ。ニュースでしか見なかった。県立博物館に出かけ移民資料展を見た。実は、親せきにもブラジルやペルー、ボリビアに移住した人がいるらしい。ハワイに移住したおばさんが帰ってきたので何年かぶりに会った。英語訛りの言葉を時々発し、にこにこと座っている。

琉球から世界は近いかもしれない。びりびり世界に反応する青い空と海。琉球から沖縄、今もこの地は、(わたしにとって)世界の中心である。この地に立って世界を見るのである。

(2011/10/22 ぺん・りゅう)

               

書評『沖縄と米軍基地』

書評『沖縄と米軍基地』

沖縄と米軍基地

本書は昨年3月まで27年間沖縄地元紙琉球新報の記者を務めた著者による待望の「沖縄の基地問題」解説書である。熟練した元記者による情報の豊富さと定評のある明快な語り口で文字通り“国家のウソを暴く”(本書帯のコピー)内容となっている。

〈第一章 「普天間」の行方〉は頁数が多く割かれていることからも分かるように本書の中心をなす。いわゆる「普天間問題」の経緯と、そしてここが最も訴えたいポイントといして、大部分の日本人がいかにこの問題に対し無関心あるいは無理解であることが深刻であるかを指摘している。とりわけ《印象に残っているのは、日米安保や基地問題に関するデータ、言説や論理、理屈や理由に関するウソや誤解、誤認や屁理屈、不理解や不認識のあまりの多さです》というとおり、日本のメディアに対する批判は熾烈であり、それを勤勉に毎日読んでいる多くの日本人はよく考えるべきである。

いったい「普天間問題」いいかえれば「沖縄問題」なるものの真実はどこにあるのか。防衛、安保、外交といった最重要事項の真実、つまり日本はいまだにアメリカの属国であり、その限りでの「平和」を戦後享受してきたにすぎないということを国民に知らせず(あるいは国民は知っていても知らないふりをし)、一方でその代償としての米軍基地負担の多くを沖縄に押しつけ続けてきた構造にある。そして代償は実は沖縄の基地負担だけではなく、いまだに民主主義を実現できていないという日本全体にとっての大き過ぎる代償に他ならない。本書で紹介される多数の情報はその一々を例証している。

また、著者は基地経済についても得意分野であり、〈第四章 基地経済と沖縄〉も読みごたえがある。その具体的データに基づいた論旨はシンプルであり、「沖縄は基地がなくなると食べていけなくなる」という間違った常識を軽快に覆す。琉球大学の大城常夫名誉教授の説を紹介した次の引用は「常識」を反対から読み直すと自ずと導き出される結論だろう。

沖縄が「経済自立」を手中にすれば、さらなる経済発展に必要な場所を求め、米軍基地返還の動きを招きかねない。そうなれば在沖米軍基地に大きく依存する日米安保は根幹を揺るがしかねない。日米安保を将来にわたって安定的に維持・運営していくためには米軍基地の拠点として沖縄の経済発展をいかに抑制し、米軍基地なしでは地域経済が成り立たないような体制をいかに保持するかが日米両政府にとって重要な課題となるとの見方です。


よく比較される例であるが、基地返還され地域が活性化した北谷町と、普天間基地「移設」先の辺野古を抱えることにより莫大な振興予算が投下され続けたにもかかわらず失業率は悪化し、市の借金は膨らむばかりの名護市の事例紹介はこれまた分かりやすい。基地受け入れのための「アメ」に依存し続けてきた名護市がようやく事態に気づき、基地に反対する立場の新しい市長を選んだ昨年の変化は記憶に新しい。

著者が最も危惧するのは日本の民主主義の形骸化である。そのことが沖縄にいるとよく分かる。だから一刻も早くそのことに気づくべきだと平易な文体で「日本人」に語りかけている。文体は平易であるがその訴えは「日本人」へのレッドカードである。「このような入門書を書かせるのはこれで終わりにしてもらいたい」と。

(西脇尚人 2011/10/15)

沖縄本レビュー(書評)執筆募集(2011年10月)

【沖縄本レビュー(書評)執筆募集について】

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